小説 | ナノ

君シリーズ.7 [ 73/145 ]

君哀しい


 粛々と執り行われた祝言が済み、鯉伴と佐久穂は夫婦となった。
 夫婦になっても、それは形だけで何も変わらなかった。
 ただ、鯉伴の表情から笑顔が消えたくらいである。
 以前は、佐久穂に対しても笑みを浮かべていたが、今はそれもない。
 佐久穂に触れることも、笑い掛けることも無くなった。
 祝言を挙げて半年が過ぎ、一向に懐妊の気配をみせない佐久穂を差し置いて、鯉伴に妾の話が持ち込まれるようになった。
 洗濯物を取り込み、各部屋へ配っている最中のことだった。
 廊下から鴉天狗が、妾を作ってはどうだと進言している声が聞こえ佐久穂は息を呑む。薄々そんな事を言い合っているのは知っていたが、その場所に居合わせることになるとは思わなかった。
 妾の発言については無言を貫く鯉伴に対し、鴉天狗は言いにくそうに提言した。
「佐久穂様と…その…夜の営みもないそうですが、このままでは彼女の立場も危うくなりますぞ。三代目を望む声は多い上、結婚生活も上手くいっておられないと噂になっております。佐久穂様との結婚を後悔されてらっしゃるのですか?」
「…………嗚呼、そうだな」
 雷に打たれたかのような衝撃が、佐久穂に走った。彼自身がこの結婚を後悔していたとは知る由もなく、自分はのうのうと奴良家に住み着いて生活をしていたことを恥じた。
 彼の笑顔が消えたのは、全ては佐久穂自身のせいだったのだ。佐久穂は、ソッと音を立てぬようその場を後にした。


 出て行こうとしたところで行き場もない佐久穂にとって、結局は奴良家に居るしかないのだ。
 シクシクと台所で啜り泣いているところに、雪麗が入ってきて彼女は大層驚いた顔をした。
「あんた、何泣いてんのよ」
「せ、っ…らさ……」
 泣いているせいか、上手く彼女の名前を呼べずしゃくり上げるばかりで遅々として話が進まない。
「誰かに虐められたの?」
 フルフルと首を横に振り泣く佐久穂に対し、彼女はまさかと思い鯉伴の名前を出したら図星だったようだ。
「あの馬鹿……一体今度は何やったのよ」
 ひくりと顔を引きつらせながら、自分の主を馬鹿呼ばわりする雪麗は、心底面倒臭いとばかりに秀麗な顔を歪ませた。
「チッ、仕方がないわね。話聞いてあげるから、こっち来なさい」
 むずんと佐久穂の腕を掴んだかと思うと、彼女は返事を待たずに台所から引きずり出し、そのまま自分の部屋へと連れ込んだのだった。

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