小説 | ナノ

君シリーズ.3 [ 69/145 ]

君戸惑い


 鯉伴を好いているかと問われたら言葉にして答えることが出来ない。
 何故なら彼が佐久穂を好きだと言うのは、お菓子が好きと同列だからだ。
 ぬらりひょん共々、女性関係は華やかで切れることがなかった。
 佐久穂を好きだという傍らで、鯉伴が他の女性と遊んでいたのは知っている。
 ある日の街中で、逢引茶屋から出てくる鯉伴と女性の姿を何度も目撃していたからだ。
 必ず黒髪の可愛らしい女性で、一度足りと同じ女性と逢瀬をしていると頃は見た事がない。
 彼が佐久穂に迫るのは、一切を拒絶しているからに過ぎない。
 一度でも答えてしまえば、直ぐに飽いて他の女性の下へと行ってしまうだろう。
 彼の戯言を鵜呑みにすることなど出来ず逃げ回っていたら、先手を打たれてしまい逃げ場をなくしてしまった。
 母は、佐久穂が鯉伴を好いていることなどお見通しだったのだろう。
 巫女を隠れ蓑にして逃げ回ることも、もう出来ない。
「嗚呼、一体どうすれば良いの」
 祝言が明日に迫り慌しい家の中で、鯉伴すら佐久穂を気に掛けることはなかった。
 ポツンと一人与えられた部屋で、明日に迫った祝言を嘆いているとカラリと襖が開き驚いた。
「佐久穂様、失礼致します」
 入ってきたのは、鯉伴と一緒に逢引茶屋から出てきた女性だった。
「あの……貴女は?」
「わたくしは、蒼と申します。佐久穂様の身の回りの世話を鯉伴様より申し仕りました」
 薄らと微笑する彼女に対し、悪寒を感じた佐久穂は思わず身を仰け反らせる。
「どうかなさいまして?」
「いえ、何でも御座いません。私の世話など必要ないと、鯉伴さんに伝えて頂けませんか」
 取り繕うように笑みを浮かべるが、顔が強張って失敗した。蒼は、そんな佐久穂を見て提案した。
「気分が落ち込んでいては、折角の祝い事も台無しになりますわ。気晴らしに甘味でも食べに参りましょう」
「えっ? あの、そういう気分じゃ……」
「良いから、行きましょう」
 グイグイと引っ張られた腕が痛い。抵抗空しく外へ連れ出された佐久穂は、彼女のオススメという甘味処へと連れて行かれたのだった。


 彼女に腕を引かれて連れてこられたのは、甘味ではなく朽ち果てた神社だった。
「一体どうやって垂らしこんだんだい! この泥棒狐がっ」
 振り上げられた手を避ける間もなく頬をぶたれ、佐久穂の身体はドサリと鈍い音を立てて地面へと倒れた。
「な、何をなさるのです」
 恐怖で目じりに涙を溜める佐久穂に、蒼は怒りを滲ませた目で睨んできた。
「野狐風情の畜生が、わたくしの物に手を出すとは許しがたい」
「誤解です。私は、鯉伴さんに言い寄られて無理矢理……」
「ホホホホッ、妄想もそこまで行くと哀れね。鯉伴様が、その程度の容姿の小娘に本気になるとでも思っているのかしら。玉藻前の娘でなければ、巫女を娶るわけないでしょう」
「そんな……」
 蒼の言葉に佐久穂はショックを隠しきれず立ち竦む。蒼は、慈悲深い笑みを浮かべて言った。
「可哀想な娘。明日一日、ここで隠れておいでなさい。わたくしが、何とかしてあげるわ」
「え?」
「頭の悪い娘ね。わたくしが、代わりに嫁いでやろうと言ってるのよ。元々、わたくしと結ばれるのを邪魔したのはお前よ。それを正して何が悪い」
「あ……そう、ですね」
 胸の痛みに押しつぶされそうになりながらも、佐久穂は言葉を紡いだ。
「分かれば良いのよ。邪魔立てしたら殺すわよ」
 彼女は、そういうと佐久穂を残し去っていった。佐久穂は、彼女の言葉にただただ涙を流すしかなかった。

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