小説 | ナノ

君シリーズ.2 [ 68/145 ]

君愛し


「ん……あれ? ここは?」
 目を覚ますと見知らぬ天井が目に入り、佐久穂は身体を起こしキョロキョロと辺りを見渡した。
「目を覚ましたか」
 ガラッと襖が開き、部屋に入ってくる鯉伴に佐久穂は身体を強張らせる。
「鯉伴さん、あの……ここはどこですか?」
「ここは、俺ん家だ」
 鯉伴の答えに、佐久穂は目を丸くし驚いている。それもそうだ。気絶している彼女を連れてきたのだから。
「私を家に帰して」
 プルプルと肩を震わし家に帰りたいと訴える佐久穂に、鯉伴は非常にもそれを却下する。
「それは出来ねぇな」
「どうして……」
 深い藍色の瞳を潤ませ戸惑う佐久穂に、鯉伴は軽く頬を撫でて言った。
「佐久穂は、今日からここで暮らすんだ」
「嘘! 嘘よ!! お母様は、そんなこと許さないわ」
 佐久穂は、白面金毛九尾狐の後継だ。今は巫女だが、いずれは土地神になる身。
 彼の言葉が本当ならば、巫女を捨て土地神になることもなく彼に縛られる。
「本当だぜ。なんなら、式でも飛ばして聞いてみれば良い」
 自信満々に答える鯉伴に、佐久穂は彼の言葉通り玉藻前に式を飛ばした。
 返ってきた式文に佐久穂は言葉をなくす。
「な、言っただろう。佐久穂は、これからここで暮らすんだ。ずっとな」
「……」
「祝言は早い方が良いな。三日後に挙げよう」
 佐久穂は、あまりの出来事に頭がついていかないのか呆然としている。
 クツクツと楽しげに笑う鯉伴は、佐久穂の身体を抱きしめながら祝言の日取りを決めながら彼女を手に入れる算段を立てていた。


 鯉伴が、嫁を連れ帰ったことは忽ち広まった。女性関係はぬらりひょんに似て派手だったものの、成人してから結構な年月が経ち漸く一人の女性を娶る決意をしたことに彼の部下達は大層喜んだ。
 その日の夕飯は、いつもよりも豪華で佐久穂を一目見ようと鯉伴が連れてくるのを今か今かと待ち望んでいた。
 しかし、彼らが見たのは天敵ともいえる巫女で辺りは騒然となる。
「巫女ぉぉお!? 二代目、冗談は止めて下さい! わしらを殺す気ですか!!」
 ヒーヒーッと悲鳴を上げる下僕達に、鯉伴は呆れた顔でそれを見ている。
「佐久穂は、玉藻前の娘だ。無闇に妖を祓うようなことはしねーよ」
「なんだ。玉藻前の娘ですかー……って、ここら一体を治める土地神じゃないっすか!」
 納豆小僧の絶叫に、佐久穂の体がビクリと揺れる。ギューッと鯉伴の背中に張り付く姿が可愛い。
「大きな声を出すな。佐久穂が怯えるだろう」
「はー……蛙の子は蛙」
「佐久穂、こっちだ」
 ポツリと呟かれた烏天狗の言葉を無視し、鯉伴は佐久穂を上座へと連れて行く。
 上座にはぬらりひょんが座っていて、鯉伴は佐久穂を彼の前に押し出して言った。
「佐久穂、これが俺の親父だ」
「……佐久穂です。よろしくお願いします」
 小鹿のように震えながら一生懸命挨拶する佐久穂に、ぬらりひょんは目を細める。
「玉藻前の娘とは思えんくらい可愛らしい女子じゃの」
「人見知りが激しいんだよ」
 佐久穂を隣に座らせると、鯉伴は下僕達を見渡し低くよく通る声で宣った。
「俺は、佐久穂と夫婦になる。三日後、祝言を挙げる。烏天狗、幹部に連絡しておいてくれ」
「分かりました」
 いの一番に反対しそうな烏天狗の同意に、雪麗が目を瞬かせる。
「一番文句を言いそうなアンタが、一体どうしたのよ」
「……この際、女子なら文句は言わん。今を逃せば、いつ身を固めて下さるか分からんからな。相手は、玉藻前の娘。神の娘なら血筋にも問題はない」
「なるほど、そういうことね」
 雪麗は、チラリと上座を見やり佐久穂を観察する。
 一見大勢の妖怪に囲まれて緊張しているように見えるが、その表情は冴えず暗いままだ。
 祝言についても彼女は喜んでいるようには見えなかった。
「大丈夫かしら」
 彼女の心配は的中し、後に大きな騒動を起こすことになろうとは思いもよらなかった。

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