小説 | ナノ

act70 [ 71/199 ]


 週末、私はぬらりひょんと共に伊豆半島へと来ていた。
「……何が悲しくて野郎と二人で温泉なんだ」
 新幹線に堂々と乗り込むぬらりひょんを睨みつけながら、愚痴が零れても仕方がない。
「そう膨れるな。可愛い顔が台無しじゃぞ」
 頬を軽く撫で上機嫌な彼に、私は口を噤む。ああ、そうだろう。
 彼が用意した振袖を着てるのだ。これで機嫌が悪かったら、それこそ切れる。
「野郎に振袖を着せて愛でるアンタの思考回路は腐ってる」
「ワシの美意識は高いと定評があるから安心しろ」
 全然噛み合わない会話に溜息しか出ない。入口からアテンダントがワゴンを押して入ってくるのを見たぬらりひょんは手を上げて彼女を呼び止める。
「ペットボトルのお茶をくれんか。佐久穂は何がいい?」
「珈琲」
 ボソッと答えると、彼女はニコニコと微笑ましそうに笑っている。
「アイスクリームはスジャータかい?」
「はい、スジャータになります。バニラとチョコとお抹茶が御座いますが、どれになさいますか?」
「バニラ2つで」
「畏まりました。950円になります。珈琲は、熱いのでお気をつけ下さい」
 ぬらりひょんは、千円札を差し出し商品を購入する。
 商品を置いていった彼女が去り際に目の保養だと呟いたのが聞こえ眉間に皺が増える。
「全然気付かれておらんぞ」
 クククッと喉の奥で笑いを殺しているぬらりひょんに、私は意地が悪いと心底思う。
「黙れ変態将」
「口を慎めよ佐久穂。それとも、この場で抱かれたいか?」
 顎を持ち上げられキスが出来るくらいの近さで呟かれる内容は恐ろしい。
「……チッ」
 舌打ちを一つ零しぬらりひょんの手を叩き落すと、彼は私に気付かれない程度の溜息を吐いた。
「一泊二日、きっちりワシの機嫌を取ってもらわんとなぁ」
「へーへー」
 やる気なく返事をすると、彼は私の反応が予想通りだったのか怒ることはなくアイスクリームを堪能していた。


 乗り継ぎ一回して到着した箱根湯本駅。長閑な町並みは、ささくれた心を癒してくれた。
「これからどうするんだ?」
「旅館に行って、荷物置かんことには始まらんじゃろう」
「それもそうか」
 丁度昼前で荷物を置いたら昼食を取りたいと思っていたが、それが叶うのはまだまだ先の話になろうとはこの時知る由もなかった。

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