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始まりは満月の下で.3 [ 63/145 ]


 三羽烏を使って調べた彼女の情報は、腑に落ちない点が多くあった。
 十三年前に両親が何者かによって惨殺され天涯孤独の身になっているにも関わらず、彼女を養護するものはいない。
 未成年ならば、後見人がつくはずなのだが名前が上がらないこと事態おかしな話である。
 また、ぬらりひょんが彼女の両親と面識があったかと言うと否である。顔も名前も知らなかった。
「……益々きな臭ぇな」
 三羽烏に動向を監視ししつつ、彼女の裏に潜むものの正体を調べるように命じた。
 佐久穂佐久穂と書かれた書類と一枚の写真を懐に仕舞うと、ぬらりひょんはゆらりと闇の中へと姿を消したのだった。


 一振りの小刀を振りかぶり斬り付ける相手は、軽やかに佐久穂の太刀筋を交わしていた。
 一向に傷一つ付けられない状況に、苛々し始める。それが相手の狙いなのだが、頭で分かっていてもぬらりひょんを目の前にすると冷静ではいられなくなる。
「クッ……ちょろちょろと目障りな!」
「ワシを殺すには、そんな玩具じゃ無理だな。現に捕まえておらんじゃろう」
 白く長い髪を揺らし妖艶な笑みを浮かべるぬらりひょんに、佐久穂は真っ赤な顔で怒号する。
「うるさいっ!! 黙れ妖!」
 突進してくる佐久穂の身体を軽く往なし抱きこむと、手にしていた小太刀を叩き落す。
「物騒なもんは捨てろ佐久穂」
「気安く名前を呼ばないで! あんたに呼ばれたら虫唾が走る」
「ハハハッ、人が嫌がることをするのが妖怪さ。諦めろ」
 胸に抱きこんだ佐久穂から薄らと香る甘やかな芳香にぬらりひょんはスンと鼻を鳴らした。
 三羽烏に調べさせた情報の中に、彼女の一族は稀に異能が生まれるらしい。妖を惹き付け、血肉を食らえば力を与えるという。
 佐久穂は、確かに強いが特別な力を持っているようには見えなかった。
「嫌がらせで人を殺すのね。外道がっ」
「ワシは、人殺しはせん」
「嘘つき! あの日、私から二人を奪ったくせにまだそんなことを……」
 話が全く噛み合ってない事に彼女は気付いただろうか。怒りで我を忘れている時点で、気付いてはいないだろう。
「何故ワシがお前の両親を殺したと言えるんじゃ。その目で見たのかい?」
「何言ってるのよ。当たり前でしょう」
「なら、ワシはその時どんな顔でどんな風に両親を殺していた?」
「えっ……」
 ぬらりひょんの言葉に、佐久穂の栗色の瞳が大きく見開かれる。まさか、そんな質問をされるとは思っても見なかったのだろう。
「次に逢う時、答えを聞かせてくれ」
 頬をひと撫でし、ぬらりひょんは闇に紛れるように姿を消した。残された佐久穂は、ぬらりひょんの言葉を何度も頭の中で繰り返す。
 あの夜の惨劇を思い出そうとするのに、霞が掛かったようにハッキリと思い出せないでいた。

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