小説 | ナノ

act3 [ 4/199 ]


 二度目の小学校は、退屈で仕方がなかった。つまらない授業を受ける気にもならず、購入した参考書を解く日々が続いている。教師からすればやり辛いったらないだろう。
 苔姫と繋がりが出来た私は、約束通り京都から取り寄せた松尾大社のお神酒と肴を携え神社に来ていた。
 本堂の戸を軽く叩き声を掛ける。
「苔姫様、佐久穂です。約束の品をお届けに参りました」
 そう言うと、バタンと戸が開き苔姫が目を輝かせている。そんなに好きか、酒が。涎が零れ落ちそうになっているのは取敢えず見ていないことにしよう。
「おお、よく来たな。待っておったぞ」
「お待たせして申し訳ありません。お神酒と肴に御座います」
 苔姫の手に渡すと、彼女はそれを持って中に入る。私は、用事は済んだので帰ろうとしたら苔姫から酒に付き合えと言われた。
「何じゃ帰るつもりか。ワラワ一人で飲むのも寂しいもの。おぬしも付き合え」
「未成年ですので、酌で我慢して下さい」
「そうか。じゃあ、酌してくれ」
 いそいそと包装紙を剥がし、箸と取皿を用意している姿は飲兵衛そのものだ、とは口が裂けても言えない。
 苔姫の隣に座り、盃に酒を注いでいく。芳醇な香り立つ匂いは、酒を嗜まない私でもいい品であることがよく分かる。
「ふむ、いい味じゃ。流石、松尾大社に奉納されるだけはある。しかし、おぬしのような子供が酒の味を知っているとは思えんが、なかなか良い選別じゃ」
 実は、生前に松尾大社で毎年お神酒を飲んでいる。地元の人間だけが知る特権だ。
 年を重ねる度に、飲酒の規制が厳しくなりお神酒自体をふるわなくなったのは寂しいものがある。
 この世界ではどうか知らないが、私の中で松尾大社の酒は外れがない自信があった。
「喜んで頂き光栄至極に御座います」
「ワラワがあげた髪紐は、身に着けておるのじゃな。不思議なつけ方をしておるが、似合っておるぞ」
 私は、貰った髪紐をリボンタイ代わりにして使用している。使い道がないのだ。髪が短いのだから仕方が無い。ある程度伸ばさないと髪紐の役目は来ないだろう。
 まだ小学校低学年だから許される格好だが、これが中学校・高校と年を重ねるとリボンタイなんか出来やしない。想像しただけでもおぞましい。
「ありがとう御座います。お陰で、以前に比べ襲われる確率が減りました」
「減っただけで、まだ狙われ続けているとは本当に難儀じゃな。ふむ……この辺りを収めておるぬらりひょんに相談してやろうか?」
「……お気持ちだけで十分に御座います。後は、自分で何とか致します」
「そうか。本当に謙虚な子供じゃ」
 しきりに感心する苔姫に、私はホッと息を吐く。ぬらりひょんに相談された日には、この先の話の展開が狂ってしまいかねない。
 軌道修正するのも面倒臭いし、何よりリクオと必要以上に接触するのもごめんである。自分の未来が、妖怪パラダイスなんてゴメン被りたい。
「そろそろ、帰らなくては母が心配します。また、来ても宜しいですか?」
「ああ、いつでも来るが良い。歓迎する」
 ニッコリと友好的な笑みを浮かべる苔姫に、私は一礼し神社を後にした。取敢えず、駆け込み寺ならぬ駆け込み神社(対妖怪避難所)を確保したことに細く笑みを浮かべる。


 散策がてら周辺を歩いていると、前方に見知ったクラスメイトを発見した。
 このまま逃げ去りたいのだが、それをした後がまたまた面倒臭いことになりそうなのでグッと堪える。
「……奴良?」
 偶然を装って声を掛けると、相手は僕に気付いたのか気まずそうな顔で頭を下げる。
「清継君、珍しいね。この辺りに来るなんて」
 リクオの言ってることは正しい。なんせ、リクオの家と私の家は正反対なのだ。苔姫の神社も、リクオの家の近くにある。いわば、この辺りは彼の行動圏内だ。
「神社に参拝してたんだ」
 私の答えが意外だったのか、クリクリした大きな目を見開きパチパチと瞬いている。男なのに、何でこんなに可愛いだろう。ムカツクな。
「そんなに意外か?」
「へっ? あ、ううん…違うよ」
 ワタワタと慌てる姿は、肯定しているようなものだと気付かないリクオがおかしくて笑みが零れる。
「あそこに住む神様にお世話になったからお礼を言いに言ったんだよ」
「そ、そうなんだ。清継君は、神様は信じるの?」
「信じるよ。神様だけじゃない。妖怪もいる。奴良の言ってた通りだ」
「!!」
 私の言葉が意外だったのか、目を大きく見開き固まっている。そりゃそうだ。記憶が無いときと、今じゃあ言ってることが正反対なんだから仕方が無いか。
「清継君は、あの時の……事故の時の記憶がないんでしょう? 何で信じるの?」
「それは……秘密」
 だってねぇ、日々妖怪に追いかけられているなんて言って誰が信じるだろう。霊感のれの字も無かった人間がだ。
 ある日突然妖怪に襲われるようになりました――だなんて、都合良すぎだろう。
 私に話す気がないと分かると、彼はそれ以上聞こうとしなかった。なかなか空気の読める男だ。
「清継君はさ、妖怪ってどう思う?」
「命の危険を感じる」
 常に死を感じさせるものにしか今だ遭遇していないので、そう答えると彼は小さな声でやっぱりと呟いた。
 あらら、これは傷に塩を練りこんでしまっただろうか? 訂正しようにも、植えつけられた恐怖は取り除けないし、実際にそう思っている以上は今この場で取り繕うような嘘を言っても何の意味もなさないだろう。
「良い妖怪もいるんだろうが、俺は会ったことがないから分からない。妖怪にしてみれば、人に畏れられるのが仕事だからな。それで良いんだと思うぞ」
 出来れば、脅かす程度にして欲しいと思うのは我がままだろうか。フォローにもならないフォローを入れた後、私はこの辺でとリクオに別れを告げた。
「じゃあ、また学校でな」
「うん、バイバイ」
 リクオと分かれた私は、彼の姿が見えない場所でハァと大きな溜息を吐いた。
「あー焦った」
 あんな場所で会うとは思わなかっただけに、下手なことを言ってないか心配だ。中学に入れば、否応なしに関わる羽目になるのだ。
「取敢えず避けるか」
 極力関わらないようにするのが吉だなと変な目標を立て、私は帰宅したのだった。

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