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三十四夜 [ 110/218 ]


 赤河童がいるというイタクが、佐久穂を大広間に連れて入った。
 中にいた妖怪達の視線が、一斉に佐久穂を見る。
「命知らずな人間の娘が来たぜ」
「何でも八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)を探してるとか」
「神話級の話だろうに。馬鹿な奴だ」
 小さな呟きは、佐久穂に対する嘲りだ。弱いと思われているのか、舌なめずりしている奴も中には見える。
「赤河童様、連れてきました。ほら、挨拶しろ」
 トンと背中を押され前に出される。異様に顔の大きな河童が、デンッと上座に胡坐をかいている。
 佐久穂は、彼の近くまで行くとスッと膝をつき深く頭を下げた。
「赤河童殿、お初にお目にかかります。わたくしの名は、安部佐久穂。復活した羽衣狐を倒すべく八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)を手に入れなければなりません。暫くの間、こちらに滞在し八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)を探させて頂きたく存じます」
 佐久穂が使った敬称が気に食わなかったのか、周囲の妖怪から文句が上がる。
「赤河童様とお呼びせんか」
「人間の癖に生意気な」
 口々に出る不満に対し、頭を上げた佐久穂はたった一言で彼らを黙らせた。
「祓われたいの?」
 スッと目を細めぐるりと見渡す佐久穂の雰囲気に妖怪達は息を呑む。下手に動けば祓われる。
 一瞬にして部屋の空気が緊張する。しかし、先に緊張を解いたのは佐久穂だった。
「冗談です。赤河童殿の下僕ではないので様付けする気はありません。置いて頂けるのですから、彼ら同様に扱って頂いて結構です。ただし、貴方の下僕らが害をなした場合、敵とみなし容赦なく排除しますのでご容赦下さい」
 ニッコリと物騒極まりないことをサラリと宣う佐久穂に、赤河童は気分を害する事無く大声で笑い始めた。
「ガハハハハッ……噂に違わず気の強い女子じゃ。安部の末姫に気圧されるとは、お前ら修行が足りぬぞ」
「……その呼び名止めて下さい」
 恥ずかしいふたつ名が、こんな辺境地でも知られてるとは噂って恐ろしい。
 安部の末姫の言葉に、今まで散々嘲笑してきた妖たちの顔色が悪くなっている。
 可哀想な気もしなくもないが、良い脅し……警告にはなっただろうから良しとしよう。
「ここに住むものは、それぞれ仕事をしておる。それは、お主も例外ではない」
「そうですね。料理は得意ですけど」
 食を制するのは、なかなかに有効で相手の胃袋を満たせば高感度UPに繋がる上、毒も盛り容易い状況にある。
 イコール、彼らの命を握れると言っても過言ではない。
「料理か……。今日の夕飯は、お主に任せる。上手ければ、飯係だ」
「はい、ありがとう御座います」
 上手い飯が作れるか否か。それを見極めると言い出す赤河童に、否と口に出す妖は居なかった。単に言えなかったのだろうが。
「イタク、佐久穂を台所へ連れて行ってやれ」
「分かりました」
 イタクの背中を追いかけ大広間を出ると、彼は佐久穂を見て深い溜息を一つ吐いた。
「あんたが、噂の安部の末姫とはな。たった一言で奴らを黙らせるなんて人間にしておくのが惜しいぜ」
「フフフ、褒め言葉として取っておくわ」
「ここに居る奴らは、外部から来た奴を仲間とは思わない。注意するにこした事はない」
 佐久穂は、イタクの言葉に目をパチクリさせ花が綻ぶような笑みを浮かべた。
「忠告ありがとう」
「……連れてきた奴が、勝手に死なれるのは目覚めが悪い」
 彼は、何だかんだ言って面倒見が良いのだろう。ここに居る間は、彼の世話になりそうだ。
「それより台所だ。ここは、大所帯だからな。飯作るのも重労働の一つだ。食材は、違う奴が持ってくる。そいつと連携が取れないと、飯の時間が遅くなるから気をつけろ」
 案内された場所は、昔ながらの釜が並んでいる。電気・ガス・水道なんてものはないわけで、昔ながらの方法で火を熾したりしなければならないようだ。
「食材係の妖怪って誰?」
「今、連れてくる。それまで、どこに何があるのか確認しとけ」
「了解」
 イタクは、言うだけ言うと台所を出て行った。佐久穂は、片っ端から戸棚を開き中にあるものをチェックしていく。米だけでなく豆類も豊富にあるのは凄い。
 調味料が異様に少ない。台所を預かる者としては、少々不満である。
 器の数や膳の数を確認し、調理器具を確認し脱力した。釜が三つとフライパンが一つ、出刃包丁一本とまな板一枚。
「……衛生的に悪いでしょう」
 あまりにも酷い惨状に、佐久穂は柳眉を逆立てる。出刃包丁と薄刃包丁と刺身包丁は欲しい。それがダメなら、三徳包丁でもいい。まな板は、最低二つは必要だろう。菌が繁殖してところどころ黒ずんでいる。
 人里に下りて買い物が先だなと思っていたら、イタクが食材係りの妖を連れてきた。
「こいつが、食材係りの土彦だ。こっちは、今日の晩飯を任された佐久穂だ」
 紹介されたのは、大きな猿の経立だった。頭にバンダナをつけるのが流行ってるのだろうか。しかし、いまいち柄が微妙だ。
「初めまして、安部佐久穂です。よろしくね」
 スッと手を出して挨拶してみたが、一瞥された挙句鼻で笑われた。
「人間が来るって聞いてたが、弱そうな奴だな。細い腕であれだけの人数の飯を作れるのか?」
「……」
 佐久穂は、笑みを絶やす事無く土彦の手を掴み足払いし大きな巨体を扱けさせた。ズシンッと音を立てて台所を揺るがす。
「見た目で判断すると痛い目に遭うわよ。ここ程ではないけど、家も大所帯なの。問題ないわ」
 絶対零度の微笑みに土彦は、肩を震わせ笑い始めた。
「お前、すげぇ面白い。人間にしとくのは勿体無いな! 俺は、土彦だ。食材は、基本自給自足なんだぜ。後で、菜園を見せてやるよ」
「菜園で、食材選んで何作るか決めれるのはありがたいわね。でも、その前に……ここの調理器具と衛生管理なってない! 出刃包丁一本とまな板一枚なんて有り得ない!! 調味料も少ないし、せめて包丁とまな板を新しくしないと料理が作れない。雑菌だらけのまな板なんて使いたくない」
 握り拳を作って力説する佐久穂に、土彦とイタクは顔を見合わせる。
「そー言ってもなぁ。冬を越すのに、無駄な金は使わないようにしてんだよ」
 節約と言い張る土彦に、佐久穂の顔から表情が消えた。
「……分かった。お金は、私が出す。不衛生なまな板で料理なんて出来ないし、そんなものを食べさせたなんて私の矜持が許さない」
 キッパリと言い切った佐久穂は、イタクと土彦の腕を掴むと台所を出て広い庭へと降りる。
 暗視の術を彼らに掛けた後、天狗の扇を振るった。

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