小説 | ナノ
三十三夜 [ 109/218 ]
迎えに来たという妖に佐久穂は声を掛けた。
「ねえ、貴方の名前は?」
「……何でそんな事を聞く」
「呼ぶのに困るから」
そう言うと、妖はチッと舌打ちし名前を言った。
「……イタクだ」
「イタチだから?」
「切り裂くぞこの野郎」
佐久穂の突っ込みはお気に召さなかったのか、毛を膨らませて威嚇する姿が何とも可愛い。思わず持ち上げて抱きしめたくらいだ。
「可愛い〜!!」
煩悩に逆らえなかった佐久穂は、イタクが人型を取った後、この行動を物凄く後悔する羽目になるのは後の事である。
ジタバタと佐久穂の腕の中で暴れるイタクに彼女は気にする様子もない。
「ねえ、奥州遠野一家ってどこにあるの?」
「行けば分かる」
「人の足でどれくらい掛かるの?」
「……さあな」
無言になった後、考えるのも面倒臭くなったのか適当にはぐらかされる。
ちんたらしている暇はないのだ。一刻も早く八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)を回収し京都へと向かいたいのだ。
「明確な場所が分かれば、一瞬でそこまで飛ぶことが出来るのに……」
「人間が、そんな技を持っているわけがない」
「道具なら可能よ」
そう言うと、イタクは興味が引かれたのか佐久穂の方を見上げた。
「天狗の扇――聞いたことくらいあるんじゃない?」
京都の大天狗が所持していたという天狗の扇。一振りで風を起し思い浮かべた場所に飛ぶことが出来る。
また、扇の使い方次第で風を操り攻撃する事も可能だ。
「俺が生まれるずっと昔に、陰陽師が大天狗から奪ったと聞いている」
「それ、私の祖先だわ。蔵の整理してた時に見つけてパチッたままなのよねー」
妖刀村正といい、天狗の扇といい、妖から奪い取った代物が安部家の蔵にはゴロゴロと収まっている。
カラカラと笑い飛ばす佐久穂に、イタクの様子がおかしくなった。
「お前、陰陽師なのか?」
「一応ね」
一人前になるには、神将全員に認められなければならない。その上で、次期当主が決められる。
性別は関係なく、神将を従えることができる技量があれば、当主になれるのだ。最も、当主不在の時もあったらしいが、現在は晴明が治まり次期当主には昌浩の名前が上がっている。
佐久穂の場合は特殊で、隔世遺伝で天狐の血を持って生まれたせいで当主候補から外れている。
「そんなに怯えなくても、そっちから手を出してこない限り何もしないわ。敵意のない相手を払うほど非情じゃないもの。でも……敵とみなしたら、容赦なく完膚なきまでに叩きのめすけどね」
ニッコリと笑みを浮かべて話す佐久穂に、イタクは厄介な相手を里に招き入れる事になってしまったのかもしれないと思った。
「場所はどこ?」
有無を言わさぬ佐久穂の言葉に、イタクは教えるつもりのなかった里の場所を彼女に言った。
里の場所を把握した佐久穂は、ネックレスのペンダントトップの扇を取り外し霊力を込め元の大きさに戻す。
「それじゃあ、行くわよ。秘術―疾風―」
佐久穂とイタクの身体が風に包まれる。一瞬にして目的地である場所に辿り着く。
辿りついた途端、腕の中にいたはずのイタクの姿が変わっていた。
抱きしめられているというか、なんだか恥ずかしい格好をしている気がする。
「……どちら様でしょうか?」
「イタクだ。ここは、けむりが充満してるからな。日があたる場所が限られてる」
「ようするに、妖気が溜まりやすくて昼夜関係なく人型が取れるって事ね」
「飲み込みが早いな」
イタクから放れた佐久穂は、失敗したと思いつつもこの場にリクオが居なくて良かったと安堵した。
あの現場を見られようものなら、十中八九嫉妬に駆られ襲われたに違いない。
その状況が目に浮かぶくらい奴の性格を把握してきた自分が嫌になると、佐久穂は自己嫌悪した。
「まずは、赤河童様に挨拶だ。あんたの処遇は、倉稲魂神(うがのみたましん)の客人じゃない。俺らと同じと思っておいた方がいい」
「人の家にお邪魔させて頂く上に家捜しするのに破格の待遇よ」
そう答えると、イタクはポンッと佐久穂の頭を軽く叩き、こっちだと屋敷の中へと案内した。
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