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二十四夜 [ 99/218 ]


 リクオが総大将代理として、四国妖怪勢を返り討ちにした事は妖怪任侠世界では急速に広まっていた。
 それと同時に弱まっていた奴良組の“畏れ”の威光は、再び回復し一時奴良組を離れていった者達が戻ってくる者が増えた。
 喜ばしいことと裏腹に、敵勢勢力の妖怪達はリクオの勢いに脅威を感じていた。
 しかし、それは妖怪だけに限らず彼の敵になりうるであろう脅威が直ぐ傍まで来ていた。


 一学期を終えた佐久穂は、明日から夏休みかと憂鬱な気分になる。それというのも、夏休み中は家業に専念せざるえないからだ。
 早速晴明のところに呼び出しを食らった佐久穂は、重い溜息を吐き憂鬱な気分を抱えて晴明の私室へと足を運ぶ。
 襖の前に膝をつき中にいる晴明に声を掛けた。
「じい様、佐久穂です。入っても宜しいでしょうか?」
「構わん入れ」
 相変わらず扇で口元を隠し上座に座る晴明に、佐久穂は顔を顰める。
 一見好々爺に見えるが、腹の中では相当ヤバイ事を考え人に押付けようとしている時の顔だ。
「用件は何ですか?」
 ズバッと用件を聞くと、ワザとらしく袖を濡らし泣きまねをする晴明に、佐久穂の米神に青筋が浮かんだ。
「普通に話がしたいワシのささやかな楽しみすら“用件”の一言で終らせてしまうとは……一体どこで育て方を間違ったんじゃろうな。薄情な孫よ」
「人の顔を見れば、用事かおちょくる事しかしないじい様の教育の賜物です」
 切れ味の良い切替しに、佐久穂の背後で隠形していた勾陳がクツクツと笑みを零している。
「笑うなら盛大に笑ってやった方が効果覿面よ、勾陳」
「晴明、一本取られたな」
 姿を現した勾陳に、晴明はワザとらしく咳払いを一つして話を変えてきた。
「伊勢神宮より御神楽の舞姫をお前にと依頼が来ているぞ」
「……はぁ? 何言ってんですか!! 馬鹿も休み休み言って下さい。今年は、式年遷宮にあたる年でしょう。そんな大役したくありません。つーか、嫌ですっ!」
「そう言われてもなぁ……天照大神からのご指名じゃから断ると後が怖いぞ」
 ホッホッホッと高笑いする晴明に、佐久穂はギリギリと奥歯を噛締め心の中で恨み辛みを零しまくった。
 今年は、伊勢神宮の式年遷宮にあたり天照大神が祭られている社殿を造り替える20年に一度の大祭だ。正殿を始め御垣内(みかきうち)のお建物全てを建て替えし、さらに殿内の御装束(おんしょうぞく)や神宝を新調して、御神体を新宮へうつす行事で、通常部外者は立ち入れない。
 御神楽も行事の一つで、伊勢神宮の巫女が舞を舞うのが通例だ。しかし、神自身が舞う人間を指名したのなら従わなければ、後が怖い。
 神々の力を借りる身としては、ぶっちゃけ頭が上がらないのである。
「天照大神は、私が陰陽師だって知って舞えって言ってるんですかね」
 巫女と陰陽師とでは、役どころが違う。巫女は、神霊に奉仕する女性のことをいい、宮廷や神社に仕え神職の下にあって祭典の奉仕や神楽をもっぱら行う者である。
 巫女の絶対条件は処女であること。逆に陰陽師は、占術・呪術・祭祀全般を行うと共に退魔師でもある。
「美味い酒と舞いが堪能できるなら、みみっちい事には拘らんと言ってたぞ」
「拘って下さい!!」
「高淤神もそうじゃが、お前に処女を求めとらんし良かったのぉ」
「いや、良くないし! 受けたら最後、そのまま宮に閉じ込められかねません」
 天照大神が、自分の後継と婚姻させようと考えているのは周知の事実。
 わざわざ行って戻ってこれない状況になったら、誰も助けてはくれない。
「それは大丈夫じゃろう。そんな事しようものなら、あの高淤神が許さないじゃろうて。まあ……早いこと婿殿を決めておかねば厄介な事になるのは間違いないじゃろうがな」
 核心を突く晴明の言葉に、佐久穂はウッと言葉を詰まらせた。
「それとは別に話がある」
 パチンッと扇を閉じる晴明の纏う空気が変わり、佐久穂は背筋を伸ばし緊張した面持ちで晴明を見た。
「京都の“らせん”封印が破れ、地脈止まり高淤神が封じられた」
「やっぱり今の花開院だけでは無理だったって事ですか。ひろ兄達は、京都ですか?」
「羽衣狐の出産が近くなっておるせいか、生き胆信仰の妖が暴れまわっているようでな。一足先に京都へ戻した」
「私も京都へ立ちます」
 直ぐにでも出立をと席を立った佐久穂を晴明が止めた。
「京都へ行く前にして貰いたいことがある。らせんの封印は完全に解ける。恐らく二条城で羽衣狐は出産するだろう。勝機があるならそこじゃ。それまでに用意するものがある。花開院が撒いた種とはいえ、高淤神が封じられ羽衣狐が暴れている以上はわしらも動かねばならん」
 花開院に対しあまり良い思い入れがない分、佐久穂は心底嫌そうに顔を顰めた。高淤神のためと自分に言い聞かせる。
「手短に願います」
 佐久穂は、大きな溜息を吐き晴明の方へと向き直った。

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