小説 | ナノ

ただ一人に愛されて.1 [ 49/145 ]


 奴良組本家の庭には、鮮やかな梅桃(ゆすら)が植えられている。隣国から海を渡り、徳川公に謙譲された由緒ある樹には不思議な力が宿っていた。
 彼女を妖と呼ぶのか、それとも精霊と呼ぶのか。魑魅魍魎の主に目を付けられたが最後、彼女はぬらりひょんに拐かされたのだった。


 佐久穂の朝は早い。太陽が昇ると同時に目を覚まし、日が暮れると同時に眠りに付く。
 日の光を浴びて立派な枝垂桜に腰を下ろし空を眺めていたら、ぬらりひょんに声を掛けられた。
「また、そこで空を見とったんか」
「……」
 佐久穂は、ぬらりひょんを一瞥しまた空へと視線を戻す。
「無視してくれるな」
 トンッと枝に登り佐久穂との距離を詰めるぬらりひょんに、彼女は嫌そうに顔を顰めた。
「失せろ」
 赤く色づいた唇から零れたのは、相変わらず辛らつな言葉。ぬらりひょんを毛嫌いしているのが良く分かる。
「そう云うな。一緒に眺めれば良かろう」
 ぬらりひょんは、佐久穂の細腰に腕を回し抱き寄せる。
「触るな!」
 猫の子が、毛を逆立て威嚇するようにジタバタと暴れる佐久穂を押さえ込もうとする。
「総大将、またやってんの。いい加減離してやりなさいよ。佐久穂に嫌われるわよ」
 廊下を歩いていた雪麗が、見るに見かねたのか口を挟んでくる。
「雪麗!」
 雪麗を視界に入れた佐久穂は、パッと目を輝かせ手を伸ばしている。
「既に嫌われていたわね。ごめんなさいねぇ」
 雪麗は、クツクツと笑みを浮かべながら、ぬらりひょんに冷たい視線を寄こしていた。
「嫌われておらん!」
「死ね」
 否定するぬらりひょんに対し間髪入れずに佐久穂から暴言が飛ぶ。
 凹むぬらりひょんの腕から逃れた佐久穂は、一目散に雪麗の元へ駆け寄り抱きついていた。
「雪麗、あいつ嫌い。死ねばいい」
「あれでも一応腐っても大将だからねぇ。死なれちゃ不味いのよ。跡継ぎが出来たらいつ死んでも良いんだけどねぇ……」
「そうか」
 フォローにならないフォローを入れる雪麗の言葉を佐久穂は真剣に聞いている。
 ぬらりひょんに子供が出来たら、本当に彼を亡き者にしかねないと思いつつも、雪麗はまさかそんなことはないだろうと雑念を追い払ったのだった。

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