小説 | ナノ

act7 [ 55/218 ]


「フギャァァアアッ」
 女性らしからぬ悲鳴が、屋敷全体に響き渡る。その悲鳴の発信源は、雪麗の部屋からでぬらりひょんの下僕達は戦々恐々としていた。
「そ、総大将……雪麗の部屋から悲鳴が上がってるんですが、本当に大丈夫ですかね?」
「なぁに、悲鳴が上がるってこたあ生きとる証拠じゃ。心配せんでも、直に来るじゃろう」
「は、はぁ……」
 上機嫌のぬらりひょんが待っているのは、噂の麗しき根治姫だ。
「どんな風に仕上がるか楽しみじゃ」
 クツクツと喉の奥で笑いを噛み殺すぬらりひょんに、烏天狗はハァと大きな溜息を吐いた。
 藍を見た時、お世辞にも美姫と言えるほどの美貌の持ち主ではない。
 笑えば、そこそこ可愛らしく見えるだろうが、その辺にいる女と変わりない。
 それを噂の根治姫を連れてきたとぬらりひょんが言ったものだから、彼女をひと目見ようと広間に妖怪が集まっているのだ。
「……不憫な」
 藍に対して思わず零れた言葉に、ぬらりひょんは気にも止めない。
「総大将、出来たわよ」
 スパンッと勢いよく開いた襖から仁王立ちして怒気を撒き散らす雪麗に、烏天狗はヒッと息を呑んだ。
「藍はどうした?」
「は?」
 その場にいたのは雪麗だけで、藍の姿は見当たらない。
「何そんなところに隠れてるのよ。さっさと出てきなさいよ」
 雪麗は、襖の陰に隠れる藍を引っ張り出そうと躍起になっている。
「嫌ったら嫌です! こ、こんな格好……恥ずかしくて人前に出られません!!」
 涙声で喚く藍に、周囲は一体どんな格好を彼女にさせたのだと雪麗を見やった。
「嗚呼、もういい加減観念しなさい! 私が、丹精込めて仕上げた傑作をお釈迦にするつもり?」
 雪麗は、ズルズルと藍を引き摺りドンッと背中を押して広間の中へと入れた。
「キャアッ!」
 ベシャッと裾を踏んだ彼女は、そのまま畳みの上に倒れる。
「い、痛い……」
 うるっと目に涙が溜まり始めた藍の周りを妖怪達が囲む。
「ほぉー、これが噂の根治姫か」
「総大将も隅に置けませんなぁ。最近、どこかへ行かれているかと思ってたら根治姫のところへ通ってたんですか?」
 ジロジロと藍の顔を上から下までしきりに眺めた後、彼らは納得したとばかりに頷いている。
「……これは、また化けましたね」
 吉原遊廓の花魁姿をした藍は、見違えるほどの美姫へと変貌を遂げていた。
 羞恥のせいか白い肌が薄らと桃色に色づいている。
「………」
 そんな彼女を凝視しているぬらりひょんに、烏天狗は言葉を失った。
 変貌すると分かっていても、そこまで期待していなかったのだろう。
「何か泣きそうだぜ。大丈夫かー?」
「おめぇの顔が怖いんじゃねぇの」
 目に涙を溜めている姿に、あわあわとする妖怪達に雪麗が一喝する。
「ちょっとアンタ達、それ以上彼女に近づくんじゃないわよ。泣かれたら面倒でしょう」
「う”っ……分かったよ」
 そろそろと離れようとしていく妖怪達に、藍は微苦笑を浮かべてそれを止めた。
「ごめんなさい。気が動転してしまっただけです。私のことは気にしないで下さい」
 藍の言葉に、妖怪達はホッと息を吐く。ぬらりひょんの客を泣かしたとあっては、後が怖い。
「私の仕事は終ったわね。じゃあ、戻るわ」
「ええっ!? 嫌です。ダメです。許しません! 雪麗さん、私を置き去りにしないで下さい」
 そそくさと広間を出ようとした雪麗の足元に藍がガシッと縋りついた。
「ちょっ、離しなさいよ!」
「絶対に離しません!! 追剥のごとく私の着物を剥いだかと思ったら、胸や尻を触りまくって遊女のような格好させて羞恥心で死ねると思いました。妖がいっぱい居る部屋に一人放り込まれた上に雪麗さんにどっか行かれたら怖くて泣きます」
 桃色な会話に、男妖怪達の顔が一気に赤くなる。名指しされた雪麗は、もっと顔が赤かった。
「止めてよ! その誤解を招くような言い方。まるで痴女じゃないっ」
「事実です! 嫌だって言ったのに無理矢理……」
 どこの三流芝居の濡れ場だ。会話だけで卑猥に聞こえるなんてある意味凄い女を連れてきたんじゃなかろうか。当事者を除く奴良組の下僕達は思った。
「もうその辺にしとけ。お前らの会話でこいつら桃色妄想してんぞ」
 ヒョイッと藍を抱き上げたぬらりひょんは、スタスタと上座に彼女を下ろす。
「雪女ご苦労だった。お前ら一緒に揃うと会話がエロくなるから、お前はあっち行ってろ」
 シッシッと犬を手で追い払うような仕草をすると、雪女は怒ることはせずその場から脱兎の如く逃げた。
 烏天狗は、何故そのような行動に彼女が出たのか一瞬分からなかったが、あの時の雪麗の行動が正しいものであると知ったのは数分後の事。
 ぬらりひょんを説教する傍ら、彼の下僕と一緒に藍に説教される羽目になるとは誰も想像してなかっただろう。

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