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愛情確認A [ 41/218 ]


「よお! 邪魔するぜ」
 先触れの一つも寄こさず、ぬらりひょんを伴い我が物顔で鴆堂の客間で茶を啜る藍に、治療を終えて一息つこうとしていた鴆はガクッと肩を落とした。
「……そういう時は、“邪魔している”だろうが」
「相変わらず小さいことを気にしてんのな。まあ、茶でも飲めよ」
 我が物顔で急須を手に茶を入れ出す藍に、鴆は諦めにも似た溜息が出た。
「で、今日は何だ?」
「月のものがきた」
「ほぉ、そりゃ良かった。身体が、子供を作れるっつてんだ。心置きなく子作り出来るぞ」
 からかい混じりに言うと、藍はニンマリと嫌な笑みを浮かべて言った。
「そう言うと思って、お前んとこの離れを借りに来た。貸せ」
 有無を言わさない言葉に鴆は一瞬唖然としたが、冗談じゃないと声を荒げる。
「馬鹿言うなっ!! やるなら、自分の家でやれ! ここは、逢引茶屋(※現代でいうラブホテル)じゃねーんだぞ!!」
「無理。抱き潰されるの必死だし、鴆を呼ぶより近くにいた方が何かあった時に色々と楽だろう(俺が)」
「それに飯の心配もしなくて良いしな」
 常識という枠を逸脱したこの二人にかかれば、屁理屈も通してしまうのだから恐ろしい。
 帰れと言ったところで素直に帰るような奴らではないのは百も承知で、鴆はぬらりひょんがもう一人増えたような錯覚を覚えた。
「……ハァ」
 ガックリと肩を落とし大きな溜息を吐いた鴆に、藍はムシャムシャと持参した菓子を食べながら気休めにもならぬ気遣いを見せた。
「溜息ばっかり吐いてると幸せが逃げるぜ」
 誰のせいだと声を荒げて言いたいところをグッと我慢し、鴆は仕方が無いとばかりに離れの利用を許可した。
「貸し一つだからな。ヤルのは良いが、声は抑えろよ。周りが迷惑だ。それと、ここにいる以上はキッチリ三食取って貰うからな」
 暗に規則正しい生活をしろと釘を刺されてしまった藍は、ハハハと乾いた笑みを浮かべた。
「うーん、一日目は勘弁してくれ」
 多分、限界まで挑まれる気がする。起き上がるどころか、睡眠不足と疲労で眠りこけるに違いない。
「しゃぁねーな。念のため診察すんぞ」
「あいよ。じゃあ、行ってくる」
 隣に座っているぬらりひょんに声を掛け、藍は鴆の後を追った。
 離れる際に不満そうな顔をされたが、文句が出ない辺り彼は鴆に対し絶対の信頼を寄せてるのだろう。
 妖怪の医者でありながら、人間も診ることが出来る奇異な存在。
 藍の居た時代に比べ医術は劣るが、鴆の発想は東洋と西洋の医学が混ざっていて話を聞いてるだけなら面白い。
 診療室に入った藍に、鴆は着物を肌蹴るように命じた。
 聴診器を当てられ、心臓の音を聞いている。その後、触診して舌や眼球を診た後に彼は良好と太鼓判を押してくれた。
「本家の奴らは大丈夫なのか? 特に食事方面」
 本家ではない鴆ですら知っている奴良組の最大ウィークポイントに、藍は苦笑を噛み殺しながら言った。
「ああ、それなら珱姫と雪麗に任せてきた。烏天狗もいることだし問題ないと思うぜ。最悪……苔姫を泣かせて零れた真珠を売れば、飯代くらいにはなるだろう」
 サラリと酷いことを口にする藍に、鴆はあの幼い姫に同情の念を寄せた。
「集団食中毒とか勘弁してくれよ」
「笑えない冗談言うなよなぁ」
 嫌に現実味のある鴆の冗談に、藍は嫌な予感を覚えながらも悪い冗談として聞き流した。


 鴆は、ぬらりひょんと藍を客間から追い出すとさっさと自室に篭ってしまった。
 彼の下僕が、二人を離れまで案内すると当てられては適わんと主人同様にそそくさと持ち場へと戻って行った。
 畳み十二畳ほどの小さな家屋には、簡易の台所が備え付けられている。
「へぇ、結構綺麗じゃん」
 置かれている丁度品も良い趣味している。荷物を部屋の隅に置き、藍はゴロリと畳みの上に寝転がった。
 畳み独特の臭いに、もう思い出せない前世の母を思い出した。
 ボンヤリと天井を眺めていると、ヌッとぬらりひょんの丹精な顔が視界を覆った。
「どうした? 具合でも悪いのか?」
「……いや、懐かしいなぁって思っただけだ」
「なんじゃそりゃ」
 彼のいう通り『なんじゃそりゃ』なのだろう。懐かしんだところで、現実は変わりはしないのだ。
 手を伸ばし彼の頬に手を滑らせる。
「色々あったな」
「そうじゃな。出会ってほんの数年しか経っておらぬのに、色々あり過ぎて退屈だけはしなかった」
 藍が知っている情報と異なった結末は、今後どんな未来を見せるのか予測できない。
 子を成し、その子が妻を娶り孫を成す。本来なら珱姫がその役割を担うはずだったのが、何の因果か藍が全うする事となった。
 彼に絆されたと云った方が正しいだろう。
 するりと心の中に入ってきたぬらりひょんを無視することなど出来なかった。
「なあ、藍……わしのこと好きか?」
「まあ、この手を受け入れるくらいにはな」
 京を離れる直前から好意を表す言葉を惜しげもなく言うぬらりひょんに対し、藍が彼に面と向かって好きと言ったのはたった一度だけである。
「ちゃんと言葉で言え」
「命令すんな」
 羞恥心が欠如していると常々思っている藍は、キッと彼を睨みつける。
 そんな藍の行動に、ウッと息を詰まらせたぬらりひょんはムスッとした顔で文句を言った。
「……ワシとて、言葉が欲しいと思う時だってある」
「身体から始まった関係だからか?」
「…………」
 眉を寄せ切なそうに藍を見下ろす彼に、地雷を踏んだと思った。
 彼自身シコリとなっている意識された切欠は、藍にとっても衝撃的な出来事ではあったが今ではそれも良い思い出になりつつある。
「惚れてなきゃ許すわけねーだろう、こんな事」
 ぬらりひょんの首にするりと腕を巻きつけ、薄い唇に舌を這わせ口吸いをした。
 軽く重ねるだけのそれに、彼はビックリしたのか鋭い目を大きく見開いている。
 その仕草が新鮮で、少しばかり可愛いと思ってしまった。
「っ……藍!」
 ガバッと覆いかぶさってきた彼の重みを受止めながら、藍が無茶な注文だけはしてくれるなと心の中で思っているなどとは知るよしもなかった。

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