小説 | ナノ

act17 [ 18/218 ]


「秀元!! 秀元いるか?」
 花開院本家に走り込んで来た是光が見たものは、二体の式紙がクスクスと自分を笑っている姿だった。
「本家の者が大勢やられた。後、藍も珱姫同様に連れ去れている。また……あの狐だ」
「是光兄さん、ここにおっても京都中のことは大体分かる。あの刀……折角藍ちゃんが置いていったのに使わんかったんやね」
「……見ていたのか!?」
「全然ダメやったねー」
「二十八年も修行したのにねー」
 クスクスと小馬鹿にする式紙たちに、是光の堪忍袋の緒が切れた。
「こいつ等を退けろ秀元!」
 御簾が大きく揺れ、中にいた秀元が飄々とした顔で言った。
「妖は何百年も生きとるんやで。負けても気にすることあらへん」
 掴みどころの無い彼の態度に、是光は溜息を吐きたくなるのをグッと堪え現状を報告した。
「お前が気にしていたあの妖が、大阪城へ追いかけていった」
「ふぅん……まあ、そうやろなぁ。藍ちゃんがおるんやもん。本当面白い奴や、無茶なことばかりして。でも、『羽衣狐は倒せない』……どーする気やろう?」
 ぬらりひょんの行動も粗方予測はしていたが、無謀極まりない彼が万が一勝てるとしたら戦いの中での成長で羽衣狐を上回った時だ。
「さて、こうしておれん。大阪城へ彼の見物に行かんと。あ、兄さんも来る?」
「秀元ぉぉおお!!」
 カラカラと笑いながら召還した牛車形の式に秀元は何食わぬ顔で乗り込む。
 フリーダムすぎる弟の行動に是光は、胃がキリキリする思いを味わいながら同じように牛車形の式に乗り込んだのだった。
 上空を移動する牛車の中では、羽衣狐に纏わる話がなされていた。
「―――羽衣狐は普通の妖と違う。八代前の花開院妖怪秘録によれば、羽衣狐は乱世に現れめぼしい幼子に憑いて体内で育つ。そいつの黒い心が頂点に達したときに、身体を奪い成体なる。成体になってからは、政の中心であふれ出す妬み怒り恨み絶望……そういう大量の怨念を吸い上げ力をつけていきよる。世に渦巻く怨念が強ければ強いほど、それに比例して奴も強くなる。逆に人の寿命しか生きられへんから宿主の寿命が尽きたら、また転生できる素質の主が現れるまで、どこかに本体を隠しよんねん」
「転生妖怪……その本体を封じない限り倒しても倒しても時代を超え出現する厄介な妖怪か」
「そういう事。人という衣を羽織っていつの世も乱そうとする」
「……だから羽衣狐か」
「気になるんは、京や大阪で生き胆を集めまくってるってことや。これまでの領分を越えた何かを企んどる」
「………」
 何をする気なのかは分からないが、今までの力では足りないのだと秀元は言っているのだ。秀元の言葉に、是光が言葉を無くした。
「お前が気にしていた妖は、あいつに勝てるのか?」
「無理やな。絶対に勝てん。ただ……あいつは何しでかすか分からん。今、成長途中やからな。なんせ、たった百年であれだけの大妖怪を率いる百鬼夜行を作ったんやから。それこそ、羽衣狐が千年かけて作った百鬼夜行をな……」


「芸がないのぉ。一方的に向かってくるのでは。少しはやるかと思っていたら、お前もそこらの凡百の妖と一緒か。これは“余興”じゃぞ。楽しませてみせろ」
 畳にひれ伏すぬらりひょんを面白おかしいといわんばかりに尻尾を振っている。
「ぐっ……が……」
 攻守共にこなす尻尾を羽衣狐は、くねくねと動かし挑発している。
「お前に尻尾の数が見えるか? わらわも数えておらん。わらわの転生した数と同じじゃ。刃向かってくる血の気の多い下郎共に反応するようになってのう。ほれほれ、惚れた女を頂くぞ。踊れ死の舞踏を……妖の血肉が舞うのが演目ならそれもよかろう」
「ぬらりひょん!!」
 倒れゆくぬらりひょんに手を伸ばそうとすると、羽衣狐に引き戻される。
「おっと、大人しくしてよ。お主が、下手な動きをすれば奴をひと思いに殺すぞえ」
「くっ……」
 イレギュラーである自分が、先の未来を変えてしまった。このままでは、魑魅魍魎の主になるどころか羽衣狐の餌食になってしまう。
「ぬらりひょん! 魑魅魍魎の主となり、俺を奪えっ!! こんなところで終る男じゃないだろう」
「ホホホッ、面白い事を言う。あの弱い妖が、わらわを倒すと言うのかえ?」
「ああ、倒すさ。あいつは、我侭な男だからな。――どちらか一つなどと考えてない――。だから、格好つけて俺を惚れさせてみせろよ」
 藍の言葉に、ぬらりひょんが声を上げて笑った。
「あはははははっ、流石は俺が惚れた女じゃ! ……あんたに溺れて見失うところじゃった。そろそろ返して貰うぞ羽衣狐」
 ぬらりひょんの纏う空気が一変する。
「行くぞ。ここからが闇――妖の……本来の戦じゃ」
 切りかかって来るぬらりひょんに、羽衣狐の尻尾が反応しない。
 ギリギリで尻尾を使いぬらりひょんの長ドスを弾き飛ばしたが、彼が隠し持っていた祢々切丸によって切り伏せられる。
「グッ…がっ…な、何じゃその刀は」
 右胸から顔に掛けて大きな傷を作り、そこから妖力が大量に漏れ出した。
「おお、抜けていく。わらわの妖力が抜けていくぅうう。待て戻りゃあ! わらわが何年かけて集めたと思うておる」
 必死に抜け出た妖力を追いかけ天井を突き破った。
「藍っ!!」
 ぐらりと傾いた身体をぬらりひょんに抱きとめられ畳みに直撃することは免れた。
「何してる! 早く奴を追いかけろ。この機を逃すなっ!! 魑魅魍魎の主となれ」
「だがっ……」
「総大将、ここは俺たちに任せろ! あんたは、とどめを刺しに行け」
 牛鬼の言葉に、ぬらりひょんは瞠目しくるりと藍に背を向けた。
「牛鬼、任せたぞ」
 ぬらりひょんが、羽衣狐を追いかけたのを見届けた藍は、倒れこむように畳に力の入らぬ身体を投げ出した。
「……大丈夫か?」
 妖なのに人の心配をする牛鬼がおかしくて笑った。
 視界がぼやけ始め、手足の感覚がなくなってくる。急速に身体が冷えていくのを感じ、自分は死ぬのだと理解した。
「な…あ、ぬらり…ひょんに……ごめんって…言って、く……」
 重くなる瞼に逆らう術などなく、ゆっくりと閉じられる。
 自分の名前を呼ぶ声が聞こえるのに、もう言葉を発するのも億劫で眠ってしまいたかった。

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