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act13 [ 14/218 ]


 珱姫の護衛に戻ったのは、休養に入ってから約一ヵ月後の事だった。
 思っていた以上に体力が落ちていたのと、感を取り戻すために予定よりも随分遅れての復帰となった。
 復帰早々に、珱姫と共に俺はぬらりひょんに拉致られていた。奴が根城にしている島原の一角にだ。
「……どういう事だこの野郎」
 額に青筋を浮かべ剣呑な目でぬらりひょんを睨みつけると、奴は食えぬ顔で笑みを浮かべて言った。
「お前の快気祝いじゃ」
「俺が拉致られたのはよ〜く分かった。でもな、珱姫まで連れてきて良い理由にはならんだろうがっ!」
 バシバシッと畳を叩き力説する藍に、予想をはるかに超えた答えを返してきた。
「息の詰まる屋敷で鬱陶しい顔をされるくらいなら、いっそうここらで発散させてやるのも良いじゃろう」
 ラブフラグが立ったのか! と悦んだのも束の間、ぬらりひょんのニヤリと嫌な笑みに背筋がゾクリと冷たくなる。
「それに、お前が誰のもんかそろそろ示しておかんとな……」
 クツクツと笑うぬらりひょんに、藍の頭に警告音が激しく鳴る。


 一方、珱姫はというと納豆小僧や小鬼たちに囲まれていた。
「ほぉ〜、これが総大将が落とすために毎日通っていたという京一の絶世の美女ですか〜」
「ふーんふーん」
 珱姫を見て不貞腐れたような顔をする雪麗に、ぬらりひょんの訂正が間髪いれずに入る。
「ワシの惚れた女はこっちじゃ。あれは藍の主。藍の数少ない我侭を聞き入れただけに過ぎん」
 一斉に藍の方に視線が集中する。
「正気ですか?」
「珱姫の方が美人なのに」
「気も腕っ節も強すぎる女に惚れる総大将って……」
 言いたい事は、痛いほど良く分かる。ぬらりひょんというとは、口々に飛び出す藍に対する不満を耳にし機嫌が急降下している。
「藍は、そこらの女より良い女じゃ。ワシは藍と夫婦になる。文句がある奴はかかって来い」
 ドキッパリと宣言したぬらりひょんに、一瞬にして部屋の中が騒然となった。
「ちょっ、ちょっと待って下さい総大将ぉぉお!!!」
「ん?」
「今、なんと仰いました!? この女は、人間ですぞ。それも陰陽師!! 我等が宿敵の! 人と交わる気かアンタは!!」
 キーッと発狂する烏天狗を筆頭に、反対の声が上がる。反対するのは、妖だけではなかった。
「藍殿、祢々切丸をお貸し頂けますか」
 ニッコリと華が綻ぶような笑みを浮かべる珱姫に気圧される形で、藍は彼女に祢々切丸を手渡した。
「妖様と言えど冗談は程々になさって頂かないと祢々切丸でバッサリ腸掻っ捌きますわよ」
 スラッと鞘から小刀を抜き、真剣をぬらりひょんに突きつけている。流石にヤバイ雰囲気になったので、藍が止めに入った。
「珱姫、こいつの妄言に付き合ってたら限が無いから無視が一番だぞ」
「だって、藍殿は私のお嫁さんになるのに! 何でこんなのや牛鬼さんが良いんですかーっ!!」
 こんなのとは、ぬらりひょんのことで、ものの例えで話したのが間違いだったなどと今更ながらに痛感する。
 エグエグと泣き始めた珱姫を慰めようとしたら、そうは問屋が下ろさなかった。
「……藍、どう言う事じゃ」
 部屋の温度が、一気に氷点下まで下がる。その中心には、ぬらりひょんがいて背中には般若が見える。
「好みの男性像を聞かれた時に、結婚するなら今よりもっと落ち着いた牛鬼みたいな相手が良いと言ったんだよ」
「ほぉー……で、珱姫の嫁発言は何じゃ」
「……。行き遅れたら珱姫の嫁になるかな〜、って言った覚えがある」
 女同士で結婚など出来るわけがないし、珱姫自身も分かっているだろうと思っての冗談だったのだ。
 まさか、本気で捉えられてるとは思いもよらなくて困っている。
「ワシという者がありながら、堂々と浮気か!」
「浮気じゃねぇっつーの!! そーいう事は、俺を惚れさせてから言えウスラトンカチが! 珱姫も、物の例えだって言っただろうが。本気にすんな」
「だって……」
 泣き止む気配の無い彼女に、藍は大きな溜息を一つ吐く。
「珱姫、俺はアンタと会った時に祢々切丸で守ると誓った。それを容易く違えると思ってんのか?」
「いいえ、藍殿は約束を守られる方です」
「なら、泣き止め」
 着物の袖でグイグイと珱姫の涙を拭った。珱姫の方は、何とかなったのだがもう片方は根が深そうだ。
 不機嫌な顔で畏れを撒き散らすぬらりひょんに、藍はガクッと肩を大きく落とした。

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