小説 | ナノ

act8 [ 9/218 ]


 是光のお陰で、今のところ珱姫を襲う妖が屋敷に入ってくることはないのだが、既にこの状態が二ヶ月も経つと腕が鈍ってないか心配だ。そろそろ夜警を再開するべきなのかもしれない。
 結界があるとはいえ、彼女を一人にするわけにもいかず是光に頼み祢々切丸に変わる護身刀を用意して貰った。
 緋色の袿と祢々切丸を珱姫に手渡し、藍は今日から夜警にでる旨を伝えた。
「その袿は、妖の攻撃を無効にする呪いが掛けられている。渡した小刀は、俺がいつも使っている退魔刀だ。是光殿がいるが万が一と言う事もある。妖が入ってきたら躊躇わず切れ」
「夜警は、他の人に任せられないのですか?」
「生き胆を求める阿呆共が増え過ぎて他の者も対応に追われてるんだ。俺も一応は、陰陽師の端くれだからな。一般人を守るのも仕事なんだよ」
 ウルッと烏珠の瞳を潤ませる珱姫を見て、藍はウッと胸を押えるが流されるわけにはいかないと心を鬼にする。
「暴れてる阿呆共をパパッと払って直ぐ戻ってくるから心配すんな」
「……危ないまねは絶対にしないで下さいね」
 くしゃくしゃと頭を撫でると、珱姫は藍の身を案じた。


 久しぶりの狩衣姿で夜警をしていると、生き胆を求める妖が思っていた以上に寄って来た。
「久々の当たりじゃ。美味そうな臭いがプンプンしてるぞ」
 骨が浮き彫りになっている餓鬼を見て、どこかで見た事あるなぁと暢気にも考えていた。
「怖くて声も出せぬか? ケケケッ……安心せい。ひと思いに食ってやろう。わしは優しいからなぁ」
「あ、思い出した。奴良組に狩られた妖の大将だ」
 ポンッと手を叩きスッキリしたと言わんばかりの藍の言葉に、餓鬼は目を見張る。
「お前……あの時の公家の姫か?」
「だから、公家の姫じゃねぇし。あん時も言ったが、俺は町民出だ。生き胆信仰なんて馬鹿な妖怪を退治する陰陽師だよ」
 退魔刀を抜き、餓鬼との間合いを計る。腕鳴らしには丁度良いだろう。
「ひと思いに地獄へ落してやるよ。優しいだろ」
 ニッコリと微笑み、一瞬の隙を突き餓鬼の身体に退魔刀を切り込ませた。
「ギャァァァアア……抜ける。抜けていく……わしの妖力がぁぁああ」
 傷口から妖力の源がドンドン抜け出している。
 手にしていた退魔刀を見ると、妖の血がついた部分が僅かだが錆び始めている。
 これは、退魔刀としては欠陥品だ。祢々切丸以上のものを寄こせとは言わないが、それ以下のものを渡されるのは勘弁して欲しい。
「奴の肝を羽衣狐様に献上する予定だったが、お前の肝の方が価値はありそうだ」
 バッと身体を声がする方へ反転させ、退魔刀を構える。
「誰だ!?」
「これから死に行く者に名前を名乗る意味はない」
 顔の左半分が板で覆われている。先ほどの妖と比べて力の差は余りにも大きすぎる。
「勝手に死亡フラグ立てんなっつーの! 悪いが、てめぇらにくれてやるもんは一個もねーんだよっ」
 下手に動けば殺される。肝心の退魔刀も、役に立つかどうか分からない。さて、どうするか。
 逃げるにしても、後を見せれば確実にやられる。
「死亡ふらぐ? 何わけの分からぬことを言ってる。お前の墓場はここだ」
 腰にぶら下げていた刀を抜き襲い掛かる妖に、藍は全神経を集中させ相手の動きを見極める。
 振り下ろされる刀を寸前のところで交わし、距離を取る。
「ちょこまかと小賢しいな。……鬼太鼓(おんでこ)」
 雷神が背負っている火車から雷鳴の矢が、藍に向かって一斉に放たれる。
「くっ……」
 雷鳴の矢に当たれば、確実に死ぬ。避雷針かそれに変わるものがあれば良いのだが、周りにそんなものはない。
 一か八か、藍は空高くに持っていた退魔刀を投げた。
 雷鳴の矢は、進路を変え退魔刀を目標とし矢が命中していく。
「な、何だ……」
「落雷の原理を利用しただけだ。残念だったな」
 カランと落ちて来た退魔刀は、黒く焦げており使い物にならない。
 自分を脅威と感じこの場を引いてくれるのが好ましいが、藍の行動は相手の戦闘心に火をつける形となった。
「人間如きが、ここまで俺を手古摺らせるとはな。面白い」
 ニヤッと浮かべる凶悪なまでの笑みに、流石に打つ手は無いと藍は己の死を覚悟した。
「敬意を表して取っておきの技を見せてやるよ。鬼太鼓桴・仏斬鋏(おんでこばち・ぶつぎりばさみ)」
 鬼太鼓を二本の刀に宿し、藍に切りかかった。

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