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少陰 五年の後の私 [ 11/11 ]


 昌浩と結婚してから五年経過した。私も二十二歳になった。未だに元の時代に戻ることが出来ないでいる。
 娘の髪を梳いていたら彼女は世間話をするかのごとく、何を思ったのか突拍子もなく爆弾を落としてくれた。
「かあしゃま、ゆじゅはおとーとがほしーです」
「……」
 絶句とはこのことを言うのか、何て遠い目で娘を見てしまった私は悪くない。
「……柚子姫、どうして弟が欲しいのかしら?」
「いもーとでもいいです」
 私の質問の意図が伝わらなかったのか、妹でも良いと言い出した娘に物凄い脱力感を味わった。
「兄弟は沢山居た方が良いぞ。一姫二太郎が良い」
 いつの間に居たのか、ヒュンヒュンと尻尾を振りながら物の怪が戯けたことを抜かしていた。
「あ! もっきゅんだ。おかえりなしゃい」
 物の怪を見た瞬間、娘の顔がパッと明るくなった。犬猫ほどの白い体躯に、長く垂れた耳は兎を連想させるが、胸の回りに散りばめられた赤い玉が人外であることを知らしめている。
 見た目は可愛いのに、中身は子離れできない母ちゃんみたいな性格をしていた。
「うぉっ、柚子いきなり抱き付くなよ」
「やっ! もっきゅん、とーしゃまとばっかりだもん。ゆじゅもいっちょにいりゅ」
「帰ったら遊んでやってんだろう」
 ぷうっと頬を膨らませ駄々を捏ねる娘に、物の怪は尻尾をパタパタと振りながら気を引いている。
 くそうっ、物の怪のくせにどうしてこんなに子供の扱いに慣れているのだろう。
「そりゃ、昌浩を育てた張本人な上に柚子姫が全然怖がらないからなぁ」
「分かってるわよ、そんなこと。口癖が、“紅蓮の嫁になる”だからね」
 物の怪の姿でも恐れるものらしいのだが、我が娘は本性を現した姿でも恐れることなく懐いたのだ。
 物の怪も昌浩が生まれて随分と変わったらしいが、娘が生まれてから更に変わった。嫌な意味で。
「普通は、昌浩のお嫁さんになるって云うところを紅蓮に奪われちゃった姿を見た時は、本当に不憫で不憫で」
「大笑いしていたよね。ただいま佐久穂、柚子姫」
 のしっと頭の上に顎を置き体重を掛けてくる昌浩に、私は重たいと睨み付けた。
「とーしゃま、おかえりなしゃい」
「良い子にしていたかい?」
「うん!」
 にこぉと笑みを浮かべる娘の髪をくしゃくしゃと撫でているが、腕の中に納まっている物の怪の尻尾を掴み引きはがそうとしている姿はいささか間抜けに見える。
 嫉妬深いにもほどがあるだろうと呆れるものの、口に出せば延々と娘の可愛らしさを語られるのがオチだ。
「柚子姫が、弟か妹が欲しいらしいぞ」
 ニヤニヤと笑みを浮かべている勾陳を恨みがましく睨むが効果は今一つだ。
「……勾陳、あんたいつから聞いていたの」
「もちろん、最初からに決まってるじゃないか」
 勾陳は、キラリと良い笑顔を浮かべて断言した。それが癪に障ると分かっててする辺り、本当あの狸ジジイそっくりだ。
「妹か弟か、期待されてるね佐久穂」
 でれっと締まりのない顔で私を見る昌浩は、大方エロいことを考えているのだろう。
「そのうち、ね」
「いま、ほちーの! れーんのおよめしゃんになれくなるもん」
 ちょっと待て、何故そこで紅蓮の嫁が出てくる。娘の弟妹発言の裏には、何やら大人の事情が隠されているようだ。
「どうして紅蓮のお嫁さんになれないんだ?」
 昌浩は、ヒクヒクと顔を引き攣らせながら愛娘から事情を聴こうと頑張っている。腕の中で青褪めている物の怪は、この際見なかったことにしよう。後で八つ当たりされるがいい。
「たかおのかみちゃまが、ゆじゅにいもーとかおとーとができたら、れーんのおよめしゃんになっていいっていったの」
 大人の事情ではなく、神様事情かい!! 思いっきり私情挟みまくってるぞ高淤神。
 先触れもなくホイホイ遊びに来る高淤神のことだから、娘を言い包めて美味しい状況を作ろうとする姑息さにそれでも北方を守護する神かと問いたい。
「高淤神が許しても俺は許しません!」
「いいもん。れーんつれて、たかおのかみちゃまのとこにかけおちしゅるもん」
 一体どこでそんな言葉を覚えたのだと問いたいが、可愛い盛りの娘の反抗に昌浩はおいおいと声を上げて泣いていた。カオスだ。
「柚子姫が生まれてから、子供が生まれていないからな。高淤神も、自分に仕える神子を待ち望んでいるのだろう」
「……傍迷惑な」
 最初から宣言されていたから子供は一人と決めていたのに、娘を唆してまで欲しいのか。
 このまま放置すれば昌浩は次の日絶対使い物にならないだろうし、娘はへそを曲げてストライキを起こすに違いない。
「柚子姫は、物の怪に任せるわ。昌浩は、こっち」
 はー面倒臭いと心の中でぼやく私の気持ちが分かったのか、勾陳が言った。
「佐久穂が、柚子姫のために弟妹を作ってやるそうだ。邪魔しないようソレと一緒にいような」
「ほんと!? やったぁ」
 わーいと喜ぶ愛娘と対照的に、昌浩は複雑な顔をしている。その気持ち分からなくもないが、高淤神に目をつけられた時点で人生終わったと覚悟するべきだ。嫌な覚悟だが。
「周りの思惑がどうであれ、もう二・三人いても良いと思わない?」
「佐久穂……」
 顔を赤らめてモジモジし始めた昌浩を見るのも随分慣れた。会話に物凄い温度差があるのを気付けない鈍さだから扱いやすいのだが、それを口にすると向こう1ヶ月は鬱陶しく凹む姿が見れるだろう。
 昌浩と共に部屋を退室した私は、久しぶりに良い思いさせてやるかと望まれるままに付き合ってやったのだった。
 そして、3ヶ月後に妊娠が発覚したのはお約束と云えるだろう。

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