小説 | ナノ
35.突撃!隣の晩御飯 前編 [ 36/39 ]
鬼(カシム)の居ぬ間に遊び呆けているティアです!
最低限やることはやっているが、優秀な部下が居るのでマルッと放り投げられる環境って素晴らしい。
なんて感動していたのも束の間、カシムの修行も次のステップに移るようになり最近家に戻ってこないことが多くなった。
「保護者として、ここはお宅訪問するべきか?」
ラマーのおっさんの面なんぞ見たくはないが、愛くるしいトトの顔は見ておきたいなどと思っていたら、
「その前に仕事して下さい。ティア様が、書類に目を通してくれないと決済が下りないんですから」
とエミリーから釘を刺された。私が逃亡するので、本当に急ぎの書類しか回さなくなった。
お陰で、トトやアキレウス兄妹とイチャイチャする時間が無い。
「やる気が起きない。嗚呼、早くレーム支部長を立てて私は晴れて自由の身に!」
「寝言は布団の中でひっそりと呟いて下さい」
エミリーは、そう言いながらどこに隠し持っていたのかハリセンを脳天に振り下ろした。ズパンッと小気味良い音が部屋中に響き渡る。
「っ……たぁ! 不意打ちとは卑怯なり。酷すぎる」
「戯言ほざく暇があるなら手を動かせっつてんだろう!」
柄悪く威嚇するエミリーに、私は両手で顔を覆いシクシクと泣いた。一体どうしてこんな風に成長してしまったのか。
「出会った頃は可愛かったのに……」
「今は可愛くないって言いたいんですか」
「いや、今も可愛いけど。出会った頃は、もっとこうティア様〜って懐いてくれてたじゃないか。それに優しかったし」
そう主張するとエミリーは、ハァと大きな溜息を吐いていた。
「サボリ癖が泣ければ尊敬してますが、カシムさんのことも尊敬しているんです。任された以上は応えたい。やることをやった後で、ティア様が何していようと干渉するつもりは毛頭もありません。仕事して下さい」
そこまで言われては、私もぐうの音も出ず泣く泣く机に齧り付き山となった書類を片っ端から片付けることにしたのだった。
追い立てられるように仕事をこなすこと五時間、精根尽きかける前に何とか終わらせることが出来たのは奇跡だ。
書類を数え終わったエミリーが、お疲れ様ですの労いの言葉と一緒に一通の手紙を差し出した。
「これは?」
「ティア様宛てに届いた手紙ですが、差出人がなくて。でも、この花押を使っている辺り全商連の関係者ではないかと思われます」
セレニアの花を象った描かれた封筒を開け中を読み進める。一見普通の手紙に見えるが、要約すると緊急を要するため一時帰国命令が書かれている。
バルバッドで何か良からぬ事が起きていると考えるべきだろう。私は、手紙を懐に入れ席を立った。
「仕事も終わったことだし、カシムの様子でも見てくるよ」
「夕食は如何されますか?」
「ラマーのおっさんのところで食べてくる」
「そうですか。いってらしゃいませ」
手紙の内容については聞いてこなかったものの、エミリーは少し気になる様子で私の顔をジッと見た後、躾の行き届いたメイドの如くゆるりと頭を下げた。
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