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55.女帝シュザンヌ [ 56/72 ]


 バチカルに着くと、何やら浮かれた民が歓迎ムードで出迎えてくれた。
「……これが、マルクトの民なら『ああ、お国柄なのね』の一言で済むのに。一体どうしたのかしら?」
「さあ? でも、険悪にならないに越したことねぇだろう。これから、両国が力を合わせて動かなけりゃ人類滅亡は確実なんだし」
と身も蓋もない言葉をシレッとした顔で吐くルークに、アスランはハハハッと乾いた笑みを浮かべている。
「陛下に謁見して報告した後、アリエッタにダアトの様子を聞いて今後の対策を練りましょう」
「フリングス少将、宿泊先は俺の家で良いよな」
 私の言葉に、ルークは決定とばかりにアスランの宿泊先を決めてしまった。
 ちょっとばかし強引過ぎやしないかと思ったものの、これからの事を話し合うには居てくれた方が好都合であることには変わり無いので、助けを求めるアスランの視線を綺麗サッパリ無視したのだった。


 謁見の間で嫣然とした笑みを浮かべ王座に腰を掛け迎えてくれたのは、インゴベルト六世ではなくルークの実母シュザンヌだった。
「ルーク、メシュティアリカ姫、長旅ご苦労でした」
 呆気に取られた私達は、うっかり臣下の礼を忘れるところだった。危ない危ない。
「勿体無いお言葉です……女王陛下」
 取敢えず鎌をかけてみたら、彼女は笑いが堪えきれないとばかりにクツクツと笑みを零している。
 隣では、私とシュザンヌの交互に見て呆気に取られているルークの姿があった。
「流石、姫の耳には届いていたようですね。貴方達が慰問へ出かけている最中に、ナタリア姫の出奔で心労が祟り先王がお倒れになられたのです。ルークが成人するまでの僅かな時間をわたくしが、キムラスカの女王として仮即位しましたの」
 無神経を地でいくナタリアを作ったインゴベルトが、出奔したくらいで倒れるような繊細な心を持ち合わせているとは思えない。
 大方、クリムゾンと共謀してインゴベルトを玉座から引き摺り下ろしたに違いない。
「ルーク、アクゼリュスはどうでしたか?」
「瘴気が思っていた以上に噴出しており、事前にマルクトと合同で住民の避難をしていなければ手遅れになっていたでしょう。彼女が、ユリアの譜歌を教えてくれなければ我々も無事に戻ることは難しかったと思われます。アクゼリュスで採取した土と空気を持ち帰りました。私の部下に瘴気の成分を調べさせ、対策を講じる必要があるかと」
 スラスラと普段使い慣れない敬語を使いながら報告するルークに、私は思わずホロリと涙が零れそうになった。焼き付け刃な庶民王子も、この分だと近いうちに返上できそうだ。
「そうですか。皆、疲れたでしょう。成分を調べるのに時間が掛かるでしょうから、今日はゆっくりと休みなさい」
「はい」
 シュザンヌから退出の許可が下り、私達はやっと肩の荷を降ろすことが出来た――と思ったのは間違いだった。
「メシュティアリカ姫、この後わたくしとお茶でも如何かしら?」
 謁見の場で言うことではないだろうに、最初から拒否権などない問い掛けに私は内心苦虫を噛み潰していた。
「喜んで」
 俺もと言い出しそうなルークに、私は取敢えず釘を刺しておく。
「ルーク様、陛下とお茶をしてから戻りますので先にお戻り下さいませ」
 えぇーと不満気に頬を膨らませるルークを私は見ていない。見ていないったら見ていない!
「女同士の話に水を差すのは無粋でしてよ、ルーク」
 シュザンヌの一言にルークも従わざる得なかったのか、フリングス少将を引き連れ渋々と引き下がった。
「さて、貴女がダアトに放った猫ちゃん達の話をしましょうか」
 笑みを湛えていたシュザンヌの目が、スッと細くなる。嗚呼、これは良い話ではなさそうだ。
 私は、彼らに気付かれないよう小さな溜息を一つ零したのだった。

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