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21.ひと段落着いて [ 22/39 ]


 フットワークが軽いのは自国の王もそうだが、目の前にいる少年もまたそうだった。
 シンドバッドと異なるのは、事務作業をこなす処理能力の速さが驚異的だということだろう。
 日中は被災者達を慰問し、夜は溜まった報告書に目を通している。寝る暇がないのではと思うも、決まった時間にきちんと就寝しているから驚きだ。
「ジャーファル殿、どうかされたか?」
「塩田の復興には、資材も資金も足りませんね」
 被害総額とこれから必要だろう資金について纏めた書類を手渡せば、彼は眉間に皺を寄せてうーんと唸っている。
「塩田復興作業は被災者を雇うことで賄い、当面の物資と資金は国から補助金を出して行うしかないな」
「それでも賄いきれませんよ。被災者の生活費や建物の復興も併せれば、膨大な金額になります」
「物資については、各家庭で余っている古着などを集めるさ」
 凡そ王族では考えられないことを平気で言って退ける彼に、ジャーファルは驚いた。
「そんな驚いた顔をして。何か変なことでも言ったかな?」
「よく思いつきましたね」
「ああ、うちの弟が小さい頃に私の服を欲しがったことがあったんだ。仕立てると勿体無いって言ってね。市井では、極々当たり前のことらしい。確かに着れるのに捨てるよりは、誰かが着てくれた方が何倍も良いだろう。バザーでもして、収益の一部を復興支援金に当てるのも悪くないな」
 さらさらと企画書を書き始めたアブマドに、ジャーファルは舌を巻いた。バルバッドが近年栄えたのには、恐らく彼が政治に関わっているのだろう。
「王子、新しい領主の一団が到着しました」
 カシムが顔を覗かせて師団の到着を報告すると、アブマドはキョトンとした顔で首を傾げていた。
「明日の朝に到着する予定じゃなかったっけ?」
「居ても経っても居られなくって飛んできたみたいですよ」
 カシムの回答に、アブマドは嫌そうにウゲッと呻いた。何故そんな顔をしたのか、それは直ぐに判明した。
「殿下、お久しぶりですね。相変わらずやんちゃして、カシムちゃんに尻拭いさせないで下さいよぉ」
 バンッとドアを蹴破って入ってきたのは、アブマドの師であるハイレ女史だった。隣には、マリアムの姿がありニコニコと笑みを浮かべているが思いっきり無言の圧力をかもし出している。
「義母さん、カシムちゃんは止めて下さい」
「カシムちゃんが、一人前になったら考えてあげるわぁ。で、そこのダメ王子 わたくしは王家直轄の政務官でしてよ。いきなり領主に任命するなんて酷いじゃありませんかぁ」
 どういう了見だゴルァァアッと笑顔で威嚇するハイレに、アブマドは早々に涙目になっている。
 何だか、バルバッドの権力縮図を垣間見た気がするのは何故だろう。空気と化したジャーファルは、とばっちりを喰らわないよう気配を極限に消そうとしたが無駄だった。
「あら、そちらの方はどなた?」
「……シンドリアで政務官をしています。ジャーファルです」
「シンドリアの政務を一手に引き受けている敏腕政務官殿でしたか。お会いできて光栄ですぅ」
 握手を求めているが、腹の底では何を考えているのか分からない得体の知れないハイレにジャーファルは警戒の色を強めた。
「殿下、いくら人不足と言えど政に関わることを他国の人間に手伝わせてはダメしょう。ジャーファル殿、ご協力ありがとう御座いました。後は、わたくしと娘で十分ですわぁ。カシムちゃん、ジャーファル殿をお部屋までお送りして」
「はい。ジャーファルさん、行きましょう」
 一刻も早く部屋を出たいのか、カシムはグイグイと彼の服を引っ張って部屋から出そうとする。
「え? ちょっと……」
 訳が分からないと目を白黒させるジャーファルにカシムは彼らに聞こえないよう耳打ちした。
「良いから早く出て下さい。巻き添え食いたくないでしょう」
 部屋を出る間際、アブマドの悲鳴とハイレとマリアムの怒声が狭くない邸内に響いたのだった。

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