小説 | ナノ

19.疲弊した民と傲慢領主 [ 20/39 ]


 一瞬、そこが嘗てのスラムに見えたのは見間違いでも何でもなかった。
 虚ろな目をした民が、私達を見つけ物乞いに来る。一人一人に食べ物を与えられるほどの食料は持っていない。
 私は、どうしたものかと考えているとシンドバッドが隣で食べ物を与えていた。
「ちょっ、おっさん何してんだ」
「食べ物を配ってる」
 悪びれた様子もなく堂々と宣うシンドバッドに私は痛む頭を抱えた。政務官が、頭を抱えてシンドバッドの尻拭いをする光景がありありと浮かぶ。
「あのなぁ、今持ってる食料だけじゃあ到底行き渡らない。押し掛けられたら対処のしようがないだろう」
「そうは言っても、見てみぬ振りは出来ないだろう」
 そこまで言われてしまっては、私は何も言い返せなかった。王としては優しすぎる。
「ジャーファルさんの苦労している姿が目に浮かびます」
「え? 何でそこ?」
「でも、嫌いじゃないです。貴方のそういうところ」
 お人好し過ぎるきらいはあるが、人に好かれ慕われる男だ。王としての器はあるのだろう。
 アリババに少し似ている気がする。
「人が集まらないうちに怠惰領主のところへ行って仕事をさせなくては」
 私は、シンドバッドの手を掴み人目を避けるように領主の屋敷へと向かった。




 領主の屋敷は、小高い丘の上に建っていた。門番に話しかけるも、民と勘違いされて相手にされない。それどころか、物乞いと間違われ突き飛ばされた。
「お前らにくれてやる物は何一つない。さっさと立ち去るんだな」
「おいおい、ちょっと……」
 私は、シンドバッドに皆まで言わさず一旦引くことを選んだ。話の腰を折られたシンドバッドは、ブスッと不機嫌そうに無言を貫いている。
「不機嫌そうですね」
「不機嫌にもなるだろう。どうして止めた」
「あそこで言い争っても中に入れませんからね。だったら手っ取り早く侵入して本懐を遂げたいじゃないですか」
 ニッコリと笑みを浮かべると、予想外の回答にシンドバッドはポカーンとアホ面を晒してくれた。
「深淵へと誘う旋律 トゥエ レイ ズェ クロア リョ トゥエ ズェ。命を照らす光よ、ここに来たれ、ハートレスサークル」
 ナイトメア、続けてハートレスサークルを詠唱し終えた私は正門へと足を進めれば、シンドバッドに止められた。
「そっちに行っても門番に門前払いを喰らうだけだ。侵入するなら裏に回った方が良いんじゃないのか」
「今頃、夢の中にいるから大丈夫」
 案の定、眠りこけている門番を見下ろし私は正面から堂々と侵入を果たしたのだった。
 領主の住む屋敷だけあって、それなりに広い。構造など分かるわけもなく、取敢えず手当たり次第に扉を開けては中を覗く作業を繰り返していた。
「先ほどのは、睡眠効果のある魔法だったのか」
「ナイトメアは、睡眠効果のある攻撃魔法です。とは言っても、ダメージは殆どないんですけどね。念のため回復魔法も掛けておきましたので大丈夫でしょう」
「用意周到だな」
 ナイトメアはオールトランドに居た頃、よく利用したものである。使い勝手は良くないが、忍び込む時や聞き分けのない相手を強制的に寝かせる時とかに重宝したものだ。
「そりゃどうも……と、ビンゴ! 此処に居ましたよ」
 どうやらお茶をしていたらしい領主が、テーブルに突っ伏して寝ている姿を見つけ私は細く笑みを浮かべた。

*prevhome#next
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -