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10.それは全ての始まりでしかなく [ 11/39 ]


 霧の団に依頼した仕事は、きっちり五日で仕上げてカシム経由で報告書が提出された。
 日も暮れ月が真上に登る頃、漸く時間が取れ私は報告書を手に取り読み進めることにした。
 報告書には、見覚えのある地名に私は思わず眉を潜める。先日の地震で塩田がやられた上に街も津波で建物が崩壊したり難民が多数出ているありギリッと唇を噛んだ。
「アームドゥラの報告には、塩田が被害を受けたとは報告が上がっていない。支援物資が行き渡ってないのもおかしい」
 地震被害で多くの住宅が崩れ街は半壊とまではいかなかったが酷い有様だとは聞いていた。
 いち早く救助隊や支援物資輸送の手配を行ったのに、一体それらはどこへ行った云うのだろう。
「……誰かが着服している? それとも、別の思惑があって邪魔をしている可能性もあると云うのか」
 慰問という形で調査する必要がありそうだ。そうなると、アリババ達を置いていくこととなる。
 三年経った今でも、彼らをよく思わない貴族連中は多い。
「ハイレ女史に彼らのことを任せるしかないか」
 ハイレ女史二号が出来つつあるマリアムを見ると、正直アリババはそのままで可愛く育って欲しいと思うのだが、背に腹は変えられない。
「この一件が終わったら、武術大会でもしてみるか」
 私は、大きく伸びをして欠伸を一つ零し報告書を机に仕舞いベッドに潜り込んで数時間の惰眠を貪った。


 翌日、父王には秘密裏に話を付けシンドリアへ交易をしに行くという名目で、カシムと腕の立つ数名の兵を連れバルバッドを出国した。
 アリババは疑うことを知らないのか、快くカシムの貸し出しを承諾してくれたが、当人は疑惑の眼差しでこちらを睨んでいる。
「カシム、視線が痛い」
「いきなりシンドリアに行くって何考えてんですか」
 不機嫌な顔をして文句を垂れるカシムをちょっとからかってやろうと思ったのが間違いだった。
「アリババと一緒に居たかったのか? 愛されてるねぇ、我が弟は」
「誤魔化さないで下さい! 俺は、言いましたよね? 危ないことに首を突っ込むなと。ザイナブの報告書が届いてから様子がおかしい」
 キッと眦を吊り上げて説教モードに突入したカシムを見て、私は藪を突いて蛇を出してしまったと後悔した。
「そんなことない」
「嘘吐くな。本当に交易する為にシンドリアへ行くのなら、霧の団の連中や町医者がどうして同じ船に同乗しているんだ」
 ポーカーフェイスで誤魔化そうとしたが、悪ガキ共のボスをしていただけあって前々から片鱗は見えていたが、洞察力を遺憾なく発揮され私は撃沈した。
 誤魔化しても無駄と悟り、私は大きな溜息を一つ吐いて顎をしゃくり付いて来るようにと人気のない甲板へと連れ出した。
 人が全くいないわけではないが、小さな話し声は波の音で掻き消えてしまうから問題はないだろう。
 私は、カシムに向き直り事の次第を説明した。
「アームドゥラで地震が起きたのは知っているだろう」
「街が壊滅状態になっているとは聞いたが、この間救助隊が結成されて行ったばかりじゃないのか?」
「その救助隊も物資も届いていないそうだ。報告よりも酷い状況、届かない物資と消えた救助隊。陰謀めいた何かを感じたから、こうして国を抜け出したんだよ」
 私の意図が読めたカシムは、物凄く渋い顔をして睨んでいる。最近、眉間に皺を寄せることが多くなってきてやしないか。
 と、思っていたら怒鳴りつけられた。心の声が駄々漏れだったらしい。
「あんたのせいでしょうが!」
 大声を出した為か、少し落ち着きを取り戻したカシムは、盛大な溜息を一つ吐いて、それでと問い掛けてきた。
「それで、シンドリアに行って交易するわけじゃないんでしょう」
「バルバッドが所有している群島との交易を条件に、救助隊の派遣を要請している。他国の力を借りるのは吝かではないが、今のバルバッドは腐敗しつつあるからな」
 言うなれば腐りかけのリンゴ状態だ。栄華を極めたバルバッドは、緩やかに衰退しているように私は見えた。
 王に遣える貴族連中を見ていると、強く感じるのだ。
「向こうにとっても悪い話ではない。建国したばかりの小国ではあるが、資源も豊富で何より王の人柄が良いと評判だ。周りには大国があるのに、侵略されず国を支えるだけの技量がある。バルバッドにとって悪い選択ではないはずだ。アリババにもいい土産話が出来そうだと思わないか?」
「……結局、最後はアリババに行き着くんだな」
 心底呆れましたと言わんばかりの視線を寄こすカシムに、私はプクゥと頬を膨らませて言った。
「だって……サブマドは絶対近付くなと厳命してくるし、マリアムは七海の女たらしからお尻守って下さいねと忠告されたよ。あいつら、私の性別を間違ってる。酷いと思わないか?」
「……さあ。でも、言うとおりにしておいた方が良いと思いますよ。帰ったときにお説教は嫌でしょう」
 カシムにまで微妙な顔で諭され、私は誰が守るかと天邪鬼なことを心に誓ったのだった。

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