小説 | ナノ

8.三年前のある日 [ 9/39 ]


 三年前、アリババ達を連れ帰ったあの日。城は蜂の巣を突いたような騒ぎになった。
 アリババやアニスはまだ良い。第三王子とその生母だ。
 しかし、カシムやマリアムは違う。スラム街で生活している一国民でしかない。
「アブマド王子、その子供はなんですかな」
 汚らしいと言わんばかりの大人たちの視線に、腹が立つ以上に恐怖が襲い掛かる。
「将来有望な護衛さ。カシム、マリアムおいで」
 アブマドは、何の躊躇いもなくマリアムを抱き上げカシムの手を引き話は終わったと言わんばかりに歩き出した。
「お待ちを! そんな小汚い子供を連れ帰るなど前代未聞ですぞ」
「汚れなど風呂に入れば綺麗になるだろう。彼らは、我が末弟の家族だ。口を慎め」
「くっ……ですが」
「……カシムには人を統率する才能がある。マリアムの才能は未知数だ。然るべき場所で教育すれば将来役立つと言うものだ」
 尚も言い募ろうとする貴族らしき男の言葉を遮り、明らかに過大評価をしたアブマドにカシムは不安で彼の顔を見た。
 大丈夫だと薄く笑みを浮かべ強く手を握り締められたことに自然と気持ちは落ち着いた。
「さあ、行こう」
 後ろで吼える貴族を綺麗に無視して連れてこられたのは、大きな大浴場だった。
「アリババが、先に入っているから一緒に入っておいで」
「え……」
 確かに薄汚れた格好をしているから風呂に入れと言われても仕方がないだろうが、いきなり置き去りにされると不安になる。
「マリアムちっさいし、一緒に入っても問題ないだろう」
「いや、そうじゃなくて」
 輝かんばかりに良い笑顔で腕を掴んだアブドマは、脱衣室にペイッとカシムを放り込んだ。
「一緒に入れば時間短縮になって丁度良いだろう」
「へ? は? ちょっ……うわぁぁああっ」
 ワキワキと手を動かしながらにじり寄るアブマドの姿に、カシムは恥も外聞もなく上げた悲鳴は王宮中に響き渡った。


 王族と一緒に風呂に入るという貴重な経験をしたカシム達は、早々に型破りな彼の思考に付いて行けずにいた。
 小さい子供が好きなのか、何かと世話を焼きたがるアブマドに侍女達は仕事を奪われているのに怒りもしない。
 それが普通なのか、苦笑を浮かべながら同情の篭る眼差しで見られていた。
「急なことだったからな。部屋はまだ用意出来てないんだ。今日は、私の部屋で寝ると良い。可愛い兄弟が増えて嬉しいぞ」
 デーンと置かれた巨大なベッドに三人の口がぱかっと開いたままで呆然としている。
 子供三人なら余裕で寝れそうな大きさだが、四人となると少々手狭に感じる。
「オレ、床でいい」
「ちゃんとベッドで寝なさい」
「四人もねれないだろう」
 幾ら大きくても無理だろうと指摘すれば、きらりと嫌な笑顔を浮かべて彼は言った。
「心配は無用だ。私の寝床は確保してある。もう一人居るMY弟のところに転がり込むからね」
 ハハハハッと笑う姿に、思わず転がり込む先となったもう一人の弟とやらにカシムは同情した。
「本当は、一緒に寝たいんだけどね。これから仕事なんだ。お前達はゆっくりお休み」
 翌日、サブマドに追い出されたアブマドがアリババたちが寝ているベッドに潜り込んでいた。目を覚ましたアリババの悲鳴が、王宮に響いたのだった。

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