小説 | ナノ

少女、鶴君と出会う [ 23/41 ]


 彰子には悪いが、彼女の弟と思えないくらい生意気で偉そうなガキをどう転んでも好きになれそうにない。
「晴明を呼べ!! 女なんか役に立つもんか」
 甲高い声で喚き散らす鶴君に、私の短い堪忍袋の緒は今正に切れそうである。ぶっつりと。
「鶴君、祖父は老体ゆえご容赦を。私達が、必ずやお守りしてみせます」
「うるさい木偶の棒! お前みたいな子供と女に守られたくないっ! 早く晴明を呼べ」
 ヒステリックに叫ぶ鶴君に、怒りを隠そうとしない物の怪は、今にも噛み付きそうだ。
「このクソガキ……ぶっ飛ばしてやろうか」
「良いねぇ。景気良く部屋の端まで飛ばしてやればどうだ」
 機嫌の悪さを伺わせるドスの聞いた物の怪の声に、勾陳も怒気を滲ませながら賛同している。
 物の怪を煽ってどうするんだと思わなくもないが、あまり酷いようなら躾と云う名の教育的指導をするべきだ。
「……鶴君、お言葉ですが昌浩は晴明殿の後継に御座います。その実力を認められているからこそ、貴方のお父様は我らに任されたのです。また、此度のことでわたくしをお雇いになられたのも道長様に御座います。貴方様の一存で勝手に変更出来ますまい。交代をさせたいのならば、道長様に直訴してきては如何ですか?」
 ニッコリと笑みを浮かべて渡殿を指差すと、煩かった喚き声が止んだ。
「すげぇ……」
 鶴君を黙らせたことに感心している物の怪を軽く睨みつけた後、私は女房に状況を伺った。
「一月ほど前から鶴君の周りで不可解なことが起こるのです。最近は、昼夜問わず妖が邸をうろつくようになりました」
 女房の言葉に違和感を受けた私は、更に質問を重ねた。
「姿を見せるだけで襲い掛かっては来ないのですか?」
「……度々現れては若君との距離を如実に縮めております。先日、若君の枕元に髪を振り乱した女人が立ち足を掴んでいたのを見ました。その痕は、今だ消えておりません」
 そう言われ、私は鶴君に視線を向けると彼は面白いくらいビクッと肩を大きく震わせている。
 怯える様なことはしていないのに何故だ。まあ、餓鬼に好かれても嬉しくも何ともないからいいが仕事がやりにくくなるのは勘弁したい。
「鶴君、掴まれた足を見せて頂いても構いませんか?」
 コクコクと高速で頭を縦に振る姿に、傍に居た物の怪ゲラゲラと腹を抱えて笑っている。
「よっぽど怖かったんだな、お前のエセ笑顔」
「営業用の笑顔で子供を怯えさすとはやるな」
 勾陳は、物の怪と一緒になって不愉快極まりない評価を下している。この件が片付いたらぶっ飛ばそうと心に決め、無言で鶴君の足を触診した。
 見るからに手形がくっきりと残っている。嫌な感じはしないのが腑に落ちない。
 ぐるりと周りを見渡すも、張られた強靭な結界は傷一つついていないことに気付いた。
 結界を容易くすり抜けて進入する妖を知らないわけではない。しかし、それならば何故妖気の残滓が感じられないのか不思議でならない。
「……昌浩、妖が完全に妖気を絶ち進入するのは可能かしら?」
「分からないけど、そんなことが出来るなら相当力がある者だ」
 私の問い掛けに昌浩は厳しい表情を浮かべながら答えた。嫌な仮説が、頭に浮かび思わず顔を顰める。
「鶴君は、霊的な才は見受けられないわ。確かに幼子ではあるけれど、破るのも億劫になる結界に進入してまで欲しがるものかしら」
「何か気付いたのか?」
 物の怪が、ピクリと眉を動かし欲しく長い尻尾で床をピシャリと叩いた。
「……もしかしたら、彼は妖ではなく神に祟られているんじゃないかしら」
 だとしたら厄介極まりない。一同が、鶴君に視線を向ける。彼は、怯えたようにビクリと身体を振るわせた。
 私の仮説が正しければ、これ以上無いくらい厄介な仕事だと言えるだろう。思わず大きな溜息が漏れたのは言うまでもなかった。

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