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少女、安部邸を訪れる [ 10/41 ]


 余所行きの着物を纏い栗色の髪を靡かせながら前を歩く少女を勾陳は無言で眺めていた。
 不躾な視線に対して完全無視を決め込んでいる姿は、明らかに慣れているからだろう。
 とある事情から安部邸で厄介になっている藤原彰子と劣らぬ将来有望な少女だ。
 背筋をピンッと伸ばし凛とした雰囲気を醸し出しているのに、口を開けば毒舌の荒。
 興味をそそられ監視という名目で佐久穂藍に張り付いていたが、彼女は兎に角変わった少女だった。
 誰にでも平等で、敵意には敵意を好意には好意を返す。まるで鏡のような存在だ。
 其れ故か、雑鬼達はこぞって彼女に構う。彼女も雑鬼達には笑みを浮かべるほどだ。
 藍は、雑鬼を肩に乗せ道案内をさせていた。勾陳に尋ねれば良いものを、あくまで居ないものだと扱われ少し寂しい気がした。
「ここが、晴明の屋敷だ」
 下級貴族と言えど、敷地は中々広い。立派な門構えに藍は、ホウッと感嘆する。
「攻め難そうな屋敷だこと。ご丁寧に厳重な結界が張ってあるわね」
「そうなんだよー。俺らも塀から先は家人の許可がねーと入れないんだよ」
 好き勝手に入れないことに不満があるのか、頬を膨らませ拗ねている雑鬼に藍はクツリと笑みを浮かべている。
「当然だわ。仮にも陰陽師の家よ。妖にスポスポ入られたら形無しじゃない。それに……入られて困る人がいるようね」
 パタパタとこちらへ向かう足音に、藍の目がスッ細くなる。
 ギギッと門が開き隙間から顔を覗かせる彰子に、勾陳は顔を引きつらせた。
 家族ぐるみで彰子の存在を隠しているというのに、その張本人が出てきては誤魔化しのしようがない。
「貴女が、晴明様が言ってた藍様ですか?」
「どう言っていたのか聞きたいところですが、佐久穂藍と申します。晴明殿より文を頂きお伺いに参りました。今、いらっしゃいますか?」
「待ってらっしゃいますよ。案内しますね」
 年相応の笑みを浮かべニコニコと藍を案内しようとする彰子に毒気を抜かれた彼女は、ハァと溜息を一つ吐き雑鬼を肩から下ろすと彰子の後ろを付いて歩いた。
 先を歩く二人の後をゆっくりとした歩調で歩いていると、彰子の傍に控えていた太陰が顕現し勾陳の隣に寄ってくる。
「あれが、厄災の火種になるかもしれない少女?」
「もしかしたら、幸運を呼び込むか少女かもしれんぞ」
「ふぅ〜ん……どこにでも居そうな人間じゃない。顔は、まあまあだけど」
 コテンと首を傾げる太陰に、勾陳は口元の端を上げ是とも否とも言わなかった。
「あれは、面白いぞ。物事の本質を真っ直ぐに捉える輩はそういない」
 ある意味、晴明や昌浩に近い存在だろう。勾陳は、これから起こる狐と狸の化かしあいを高みの見物と洒落込む気満々でいたのだった。

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