寧ガト妖怪パロ02
――薄暗い。 ふと目を開けたら、突如聞こえた耳障りな金切り声に、びくりと身体が震えて意識が覚醒する。 ぱっと上げた視界に写る、醜悪にゆがんだ女の顔。殴打される音、同時に頬を襲う衝撃、数瞬おいて広がる痛み。 「――、」 口を開いても、声は出ず、ただ涙は出てくる。
――邪魔だ、置いてやっているだけ感謝しろ、五月蝿い、泣くな鬱陶しい――
頭に直接響くような罵倒に、余計に涙が止まらなくなった。
少しでも怒られないように良い子で居ようと思った。 愛想良く笑えば少しはましになるかと思って、笑顔を作ってみたこともあった。 結果は、あの女――おそらく母のことだろう――を思い出して胸糞が悪いといつもより酷く打たれただけだった。
邪魔だというから、部屋の隅で眠るようになった。 五月蝿いというから、何も言わないようになった。泣き声すら、飲み込むようになった。 視界に入らなければ、彼女を刺激しなければ、暴力の数は減ったし、怒鳴られることも少なくなった。 必然的に、家に居る時間が短くなった。
同い年くらいの子供たちが遊んでいるのを見かけて、声をかけたら逃げられた。 鬼の子だ、と彼らは口々に叫んでいた。 後になって、親戚にはまた酷く怒られた。よそのお子様を怖がらせるな、と。
ここまで来れば、幼いながらにもはっきりと思うようになった。 ――居場所が、無いんだ、僕には。
寝る場所があるだけましだと考えるようになった。 食べるものがあたえられるのだから恵まれていると思うようになった。 殺されないのが幸せだと、思い込まなくては壊れそうだった。
いっそ、出て行ったまま帰って来なければ良いのに。
そう言っているのを聞いたこともあったけれど、帰る場所はそこにしか無く、死んでしまう勇気は持てなかった。 ふらふらと日中は町外れで時間を潰して、日が沈めば家に帰って、冷め切った夕飯の残り物を無理矢理胃に落として、蹲って眠って、日が昇る前に目を覚まして、また町外れまでふらふらと歩く。 熱を出すことも多かったけれど、そういう時は、幾日かはじっと蹲って眠って、無理矢理治す。 この頃になると、どうも髪色と目の色が気に障るようだと気付いて、申し訳程度に与えられた毛布を頭から被って、まるで荷物のように存在感を消していた。
引き取られたころは、もっと、いろいろ思っていたような気がしたけれど、その頃には、ただ、気に障らないように、死なないように、このまま、この状態が続きますようにと、ずれた考えを持つようになっていた。 迷惑をかけたら捨てられる。自分に必要性など何も無い。何か、役に立てるわけでもない。何も出来ないのだから、せめて、もう邪魔だと言われないようにだけはしようと。 捨てられるのだけはごめんだと、何度も言い聞かせた。ただ、生きていたかった。
しばらくして、べつのひとに引き取られた。 優しくて、不思議な雰囲気のそのひとの傍にいるのは心地よくて、世界が見違えて見えた。
けれど、世界が明るくなってからも、根本的な考えだけはどうにも、なかなか改善されなかった。 何故かはわからなかったけどただ、死への恐怖よりも、彼に捨てられることが怖くなった。 役に立たなければ捨てられると思って、役に立とうとしたけれど、うまくいかなくて、悲しかったのも覚えている。 せめて迷惑はかけたくなかったけれど、熱を出せば看病してくれたし、悪い夢を見て震えていれば、夜中だというのに嫌な顔一つせずまた寝付くまで抱きしめていてくれた。 謝れば悲しそうな顔をするから、どうしたら良いのかわからなくなって、また口を閉ざすしかなかった。
今思えば、ごめんなさいではなくて、ありがとうと返せば良かったんだよなぁと、普通に思える。
髪の色も目の色も、気にしないで付き合ってくれる人が居ると知った。 捨てる人が居れば、それを拾ってくれる人が居ると、教えてもらった。 いろいろなものを見て、いろいろなことを聞いて、価値観は随分と変わった。
――それでも、僕は、いつだって彼の傍を選ぶと思う。 僕には彼しか居ないと、昔とは違うトーンで言える。
それは、この上なく幸福なことだと、胸を張って良いことだ。 そう、心から思えた。
了
わあ良くわからない_(:3」∠)_
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