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 銀髪の青年はアイスコーヒーを飲み干して、正面でカフェオレを啜る茶髪の青年を見据えた。

「話はわかったよ、霞くん。俺としては、とても興味深いね。」
 艶やかな笑みを浮かべてそう言った銀髪に対して、霞と呼ばれた青年は気の抜けた笑顔を見せた。
「薙杜さんならそう言ってくれると思いました。……まぁ、だからこそ相談したんですけどね。」
 柔らかな笑顔は苦笑に変わり、霞は途方に暮れたような声で言う。

「それで、薙杜さんは、どうしたら良いと思いますか?」


 霞の話を要約するならば、『以前通っていた学園の文化祭に足を運んだ際、とある人物に一目惚れをしてしまった』というものだ。

「まぁ、ただ単に一目惚れしたってだけならよく有る相談だし、テンプレの返答でも良いんだけどね……。」
 細く長くため息をついて、薙杜は新しく来たコーヒーに口をつける。
「それじゃ困ります。何のためにこうして昼ご飯奢ってると思ってるんですか?」
 拗ねたように唇を尖らせる霞に、薙杜はニコリと笑って答える。
「勿論、真面目に相談に乗ってもらう為だよね。別にタダでも良かったのに、御丁寧に俺の逃げ道を塞いでくれちゃって。」
 そんなに切羽詰まっているのかい?とからかい半分に言われたそれに、霞は言葉を詰まらせ、数秒後、勢いよく机に突っ伏した。そして、鈍い音がしたのも気にせず、それに驚いている薙杜も完全にスルーして、口を開く。
「そうですよ切羽詰まってますよっ、……仕ッ方無いじゃないですか、困惑だらけでどうしたら良いのかわからないんですし……!」
 あーあーうーと奇声を発しながらどんよりと沈んだ霞を見遣り、薙杜は苦笑する。

「まぁ、君はノンケだったんだし、男に一目惚れだとか、想定外だよねぇ?」

 ――霞の相談事、それは、ただの一目惚れではなかった。今まで同年代か年上の女性としか付き合ったことのない霞が、年下、……それだけなら未だしも、男に、一目惚れをした。

 想定外もいいところだとぼやく霞に、薙杜は息を吐き、口を開く。
「一回告白しちゃったら?」
「人事感溢れてる気がしますけど!?」
 さらりと言われた言葉に、霞は思わず叫んだ。しかし、顔を上げて見えた薙杜の顔には、先ほどのからかうような表情はカケラも無く、代わりに本気でまっすぐなそれがあって、霞はまくし立てようとした言葉を飲み込む。
「……本気だよ、真面目に言ってる。」
「あー……顔を見れば判りました。……でも、理由は?」
 ごまかすようにカフェオレを飲み干して問う霞に、薙杜は確認じみた言葉を投げかける。
「……君が本気だって判ってるから言うよ?」
 その言葉に、霞はウェイトレスに新しくココアを頼みながら、雰囲気は軽く声音は真剣に、どうぞ、と言った。
「それじゃぁ、まず。本気で人に惚れた人間っていうのは、この世で一、二を争う程度には面倒だ。」
 ひとつ、という風に人差し指を立てて、紅葉は言う。
「まあそうですね。」
 霞は、別段反論の余地も無かったので素直に頷いた。
 確かに、愛だの恋だのはヒトを狂わせる。そうでなければ、ストーカー被害や心中事件なんてものは、相当数が減るだろう。
「んで、君は良い子だから、まあ、今君が想像したようなことをするとは、俺も思ってないけど。…それでもやっぱり不安はあるわけです。」
 立てたままの人差し指を揺らしながら、薙杜は流暢に喋る。
「だったら、今のうちに告白しちゃったほうが、夢も見なくて済むかも知れないし、思い詰める事も無い、何か行動を起こす前に俺が止めることも出来る。」
 そこまで言って、薙杜はまっすぐに霞の目を見た。
「それに君の性格上、断られた瞬間にサクッと殺っちゃう――なんてことも無いだろうしね。」
 ニコリと笑んでそう言う薙杜に、霞は苦い顔をする。
「やっぱ、薙杜さんには敵わないですね。」
「えー、そうかい?」
 柔く笑う薙杜に、霞は、はい、とだけ返して、ココアを飲み干した。
 安さが売りのこのカフェでは、多少ドリンクを多めに消費したところで、対して値は嵩まない。それに加えて味が良いので、霞はここを良く利用していた。

 話が一段落した、そのタイミングを見計らったように運ばれてきた料理に薙杜はほんの少し目を瞠る。
「へェ、案外、結構美味しそうだね。」
 率直過ぎる感想に、霞は思わず笑ってしまう。
「薙杜さん、失礼ですよ、それ。」
 笑いながらそう言うと、紅葉は、おっと、とわざとらしく一度口元に手をやり、くすくすと笑い出した。
「ごめん、ごめん。カフェって言うと、食事が適当なところも多いからね。」
 はは、と笑いながらそういう紅葉に、霞はきょとんとする。
「え、そうなんですか?」
「んー?いや、言ってみただけ。」
 信じかけた霞の純真をいとも容易く裏切って、いただきまーす、と手を合わせる薙杜に、霞は拗ねた様に口を尖らせた。
 なんなんですか、もう……とぼやく霞を盗み見て、薙杜は薄く微笑んだ。
(こんなに良い子なんだ、ふられても仕方なくったって、うまく行って欲しいとは、思うんだけどなぁ。)
 パスタを啜りながら、ぼんやりと薙杜はそう考えた。


「ほんとに奢ってもらっちゃって、悪いね。」
 にこやかにそういった薙杜とは対照的に、霞は思い切りため息を吐いた。
「……どこにあんなに入るんですか……?」
 理由は、薙杜の“食べた量”。
「えー、胃の中でしょ、そりゃぁ。」
 はー満腹、とご満悦の紅葉に、絶対嘘だと霞は内心で悪態を吐く。
 あれから薙杜は、ほぼ五、六人前の量をぺろりと平らげたのだ。いくら安さが売りの店でも、それだけ食べれば前言撤回せざるを得ない。そこそこ値も嵩む。相談に乗ってもらった身としてはあまり強くも言えず、霞はただため息を吐いた。
「……告白、がんばってね。」
 ポツリと落とされた言葉に、きょとんとして顔を上げると、そこにはやさしい微笑みがあった。思わず言葉を失う霞に、薙杜は苦笑して霞の頭をゆるゆると撫でる。
「俺としては、君には幸せになってもらいたいし。」
「……な、薙杜、さん…?」
「もしふられたら、慰めてあげるよ。」
 どこか呆然としている霞をよそに言葉を発する薙杜に対して、霞はやっと我に返り、頭を撫でる手から逃れる。
 こんな道のど真ん中で、男が男に頭を撫でられている光景とか、異様過ぎる。そう思っての行動だったが、それさえわかりきっていたように薙杜は笑う。
「それじゃあ、またね、霞くん。」
「……はい、また。」
 笑顔を崩さずに手を振り歩きだす薙杜に、霞は苦笑を返した。

「ああ、そうだ。」
「?」
 不意に、何かを思い出したように薙杜が振り返り、霞は何事かと首をかしげる。
「性癖とか後で知られて困ることもあるし、早めに暴露しちゃった方が良いと思うよ。」
 その言葉に、霞は一度あからさまに顔を歪めた。
「…………善処、します。」
「うん、じゃぁねー。」
 酷く曖昧な答えを気にした風も無く、薙杜は今度こそ振り向かずに去っていった。

「……暴露したら、ふられる確立増えそうなんだけど……、あぁでもやっぱり、隠しといて後で知られるよりはましなのか……。」
 残された霞の呟きは、誰にも拾われること無く、風に溶けていった。


第一話 了

始まりました連載!
まともにプロット組んで連載を書き始めたのが初めてなので、少々緊張しています(苦笑
それでは、時間はかかるかと思いますが、完結に向けて頑張って行こうと思います。
お付き合い宜しくお願いします! ← |
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