後編
「うるせぇな…何の用だ」
来てくれた。
その事に心底ほっとする。
尋常でないハンジさんの声音に、立体機動で駆け付けてきてくれたようだった。
「今日はナナシが…」
言いかけて、リヴァイ兵長の目がオレで止まる。
そして直ぐ様巨人に向き直った。
有り得ない光景の筈だ。ここは壁の中で、巨人はオレじゃない。そして、何処にもナナシ分隊長が居ない。
リヴァイ兵長は一瞬で状況を理解したようだった。
「まさか、アイツか…?」
「みたい…なんだけど…」
「エレン。何があった」
視線は逸らさぬままに、そう問われる。
何がって…
血が。
溢れていた。
ナナシさんの指先から。
まさか、自傷行為で…?
「ナナシさんが…指を切って。そうしたら、いきなり…」
まさか、あれで?
そんな。いつから。
「…丁度いい。あの実験が出来るじゃねぇか」
「手足がちょん斬れるかもってあれ!?」
「お前らは手を出すなよ」
言って、リヴァイ兵長が構える。
本気だ。
どちらかが命を落とす事になるのかもしれない…それ程までの気迫を感じる。
人類最強と、巨人となったナナシ分隊長。
かつてない緊張感が辺りに漂う。
些細な隙も見逃すまいとばかりに、両者はじっとにらみ合い…
巨人が待ったをかけた。
片手を前に突きだし、手のひらを見せている。話し合おう、そんな声が聞こえた気がした。
ぽかん、とそれを見上げるオレとハンジさんだったが、兵長は違った。
パシュ、とその手にアンカーが撃ち込まれる。ちょっと待ってください、という間もなくその体がワイヤーによって宙を飛び、さらにうなじに向かって逆のアンカーが。
ヒュン、と大きく空を舞ったその時。
──パン!!!
と。
巨人の両手に捕まった。
まるで、小さな子供が素手で虫を捕まえるような。右と左の手のひらに、空洞を作った形だ。
とても素早い動きだった。
兵長が捕まった。
「…………えっ」
「…………え、ちょっと、ナナシ!?意識ある!?リヴァイは無事!?」
はっと我に返ったハンジさんが呼び掛けると、巨人が再びハンジさんを見下ろす。
そしてゆっくりとその左手がどけられた。
右手の上に乗っているのはリヴァイ兵長だ。怪我はない。立ち尽くしている。
手乗りの兵長だった。
「………」
殺気だ。
離れた位置にいるこちらにまで伝わってくる。
敏感にそれを察知したのだろう。
巨人はリヴァイ兵長を弛く掴むと、その指が刃によって切断される前に。
素早く放り投げた。
素晴らしいフォームでの遠投だった。
「リヴァイ!?」
「ナナシさん!?」
ハンジさんと声が被った。
もうどこから突っ込めばいいのかわからない。
殺られる前に殺れ。
どちらもその咄嗟の行動に見えたが、どちらかと言えばリヴァイ兵長が悪かったような気もする。
とりあえず…
ずいぶん遠くに飛ばされていった人類最強が戻ってくる前に。
ナナシさんを取り出しておかなければならなかった。
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