06
三時間。
それならば、飛べる。
いや、飛ばずとも、歩いてでも辿り着ける距離だ。
目の前にいる二人のように、巨人に襲われる事もない。
例え襲われたとしても──
問題はないだろう。
能力も効くようだった。
先程の光景を思い出す。
弱点はうなじ。知能もそう高くない。ただ歩いていた時とは違い、獲物を見つけた後はスピードが上がるようだが、巨体なだけあり小回りには弱そうだった。
動きさえ止めてしまえば、倒す事も容易いだろう。
なにより、だ。
死神とは違い、わざわざ相手をする理由がないのだ。いざとなれば逃げればいい。空まで追って来る事は不可能だろう。
そこまで考えて、目の前の二人を見据える。俺を何処かへ連れて行くつもりのようだが……やはり何らかの組織があるのだろうか。下っ端のようには見えないが、トップという訳でもないようだ。拘束し、身元を調べ、判断を仰ぐ。そんなところだろう。
ここで拘束されてしまえば、その後の行動を制限される事になる。それは避けたい。現状を把握する前に、下手に騒ぎは起こせない。
俺が今置かれている状況を、上手く説明出来るとも思えなかった。ゲートが通じないと言う事は、つまりは契約者を知らない事になる。
どう考えても、面倒な事になりそうだった。
合理的ではない。
「何が"もういい"んだい?」
ハンジ・ゾエ。
不思議そうに訊ねてきた彼女に、狙いを定める事にした。
この場を離れる前に、対価を支払っておきたい。
「オイ、動くな」
歩み寄れば、警戒したような。
そんな声が男の方から飛んでくる。
女はただ瞬いているだけだった。
警戒よりも、興味の方が上回っている様子だ。
正面で立ち止まり、手を伸ばす。
「え……?」
「テメェ、なにを──」
ノーベンバーは喫煙。
エイプリルは飲酒。
子供の生き血を啜る能力者、というのもいるらしい。
対価はそれぞれ異なっている。
俺の場合はそれが、『他者との接触』であった。
他人に触れればいい。息があれば誰でもいい。少しの発動であるのなら、ジュライと手を繋ぐだけでも十分だった。
そう。
接触のはず、だったのだが。
「………!」
頬に触れる直前で、手を止める。
何故だか、酷く嫌な予感がした。
よく分からない。
分からないが──近い。
離れなければ。
だめだ。
触れてはいけない。
訳の分からない、そんな思考に支配される。
「え、なに?どうしたの?ナナシ?」
触れるまであと数センチという所でピタリと動きを止めた俺に、女が怪訝そうに左手を動かした。
俺の手を掴もうとしたのか、それとも振り払おうとしたのか。どちらかはわからない。
ただ嫌な予感だけを感じながら、どうする事も出来ずに硬直していると。
──くすり、と。
どこかから、聞き覚えのある笑い声が耳に届いた。
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