誰も知らないあなたの仮面B
遅くなりました、という謝罪と共に六合塚が入室してくる。きっちりとスーツを着込んでいるが、髪型に若干の乱れがあった。やはり急がせてしまったようだ。
「いや、さっきも言ったが休日だったのに本当にすまなかった。征陸さんもありがとうございます」
「気にしないでください」
「あぁ。珍しすぎるリョウからの頼みだからな」
「はい」
笑いを含みながらの征陸さんの言葉に、六合塚までアッサリと頷いてくる。
いくら珍しくとも、休みを潰されたら愉快な気持ちにはなれないと思うのだが。
暇を持て余していたのならまだしも、征陸さんは趣味の油絵を、六合塚は唐乃杜との時間を切り上げてまでここに来てくれたのだ。
断言してもいいが、五係だったなら絶対に誰も手伝っはくれなかった。俺も頼む事はなかったが、執行官達も即お断りだっただろう。
一係の面々はやはりどこかおかしい。
今までにない関係を築けている。
あまりに居心地が良すぎて…本来の目的を忘れてしまいそうだった。
「それで?俺たちは何をすればいいんだ?」
「人探しです。それも、とびきり危険な」
「此木監視官の探し人ですか?」
真っ直ぐな視線で尋ねられ、六合塚にまで知られていたのか、という純粋な驚きがあった。
特に隠している訳ではなかったが、六合塚がそれを気にとめているとは思っていなかった。
「俺もそれをさっき聞いたんだが、どうやら別件らしい」
「そうですか」
ちょっと残念そうに聞こえたのは気のせいだろうか?
そういえば、軽く話しただけだというのに縢も随分気にしてくれていた。
監視官を目指したきっかけ。すべての理由。そのためだけに、俺はーー
「リョウ?」
「あ、あぁ、すみません。俺の探し人はそんなに危険な相手ではないので…今回の頼みごとは、禾生局長からです」
「禾生局長から…?」
「お前さんがそれだけ危険視していて、しかも局長からときたか。どんな大物だ…?」
征陸さんの表情が目に見えて引き攣った。
その反応は大いに正しい。
大体において、禾生局長からの指示である時点で喜ばしい内容ではありえない。今回はその中でも最悪の部類だった。
…俺がやるしかないのだが。
「標本事件の、黒幕です」
決定的な単語を口にすると、二人が驚愕に目を見開いた。
「槙島 聖護。狡噛が追っている相手です。先日シビュラにその姿が観測されました。新たな事件を起こされる前に彼を拘束します」
「槙島……黒幕だと…?」
喉から奥から絞り出したかのような声を征陸さんが発した。
一係にとってみれば、他人事ではないだろう。
過去においても、現在においても。
あの凄惨な事件の犯人は依然行方不明。さらにその黒幕ともなれば、重要性は言うまでもない。
「それを、私達だけでですか?」
六合塚の表情も固いものへと変わっていた。
無理もない。
「これは俺の勝手なんだが…狡噛や宜野座を、関わらせたくない。取り敢えずは情報の共有と、槙島の居場所を特定させたい。手伝ってはもらえないだろうか?」
「…………」
「これはまた…とんでもない頼みごとだったな」
眉間に皺を寄せたまま、征陸さんが無理矢理口元に笑みを形作った。