ゼロの怪物


体を鍛えるのは好きだった。
別に筋肉フェチという訳ではないが、弱いよりは強い方が断然いい。
身を守る必要性のない世界。
けれど、それが今になって役立っているのだから結果オーライだろう。

なによりも必要なのは持久力だったが。


「まーたリョウちゃんに先越されたんだけど。俺らって必要?もうリョウちゃんだけいれば良くない?」

「俺にはお前が必要だ」

「いやなんかそういう意味じゃなくてさ……」


微妙な表情を浮かべた縢が溜め息を吐いている。
座り込み、両手で握ったドミネーターをゆらゆらと動かしながら、どう伝えたものかと悩んでいる様子だった。

逃げに逃げた殺人犯を仕留めたのはつい先程の事だ。
犯罪係数は312。久々のリーサルモードの余韻はもう消えている。

駆けつけた狡噛も息を切らせながら、その残骸を眺めていた。
汗が頬を伝っている。
宜野座が到着するにはまだ時間がかかるだろう。

ドミネーターがいくら優秀なものであろうとも、照準を合わせなければ発砲は出来ない。
逃げる奴は追わねばならない。
どちらかと言えば、こちらに向かってこられた方が楽だとは言えた。


「相変わらず、恐ろしい体力だな……」

「恐ろしいのはそれだけじゃないけどね」


二人の執行官の視線が、俺に集まっている。
視線だけではなく、ドミネーターの銃口もこちらを向いていた。


「犯罪係数ゼロって。おかしくない?」

「そう言われてもな……というか、やめろ。それを向けるな」

「お。やっぱリョウちゃんでも怖かったりする?」

「記録を消すのが面倒だ」


トリガーはロックされる。
撃たれる心配はない。
が、執行官が監視官に銃口を向ければ反逆行為と取られ記録に残される。
縢に限ってそれはないだろうが、わざわざその記録を削除しなければならない手間も考えて欲しい。


「そう言えば、新人が来るのは明日だったか……?」

「そうだっけ?」

「ギノに任せておけばいい。俺達……というより、お前に後輩指導は無理だ。此木。余計な事はするな」

「ひどい言われようだな」

「まぁ、コウちゃんの意見に俺も賛成かな。新人ちゃんがどんな子かはまだ分からないけどさ」

「宜野座は堅物すぎないか?」

「リョウちゃんみたいな怪物を手本にするよりはマシでしょ」

「あぁ。その通りだ」

「ふん」


執行官二人の軽口を適当にあしらっていると、ようやく宜野座が到着したようだった。
後ろには征陸さんの姿も見える。

宜野座も最近は狡噛のサイコパスに引っ張られてか、色相が僅かばかり濁る事もあるようだが、監視官が三人ともなれば少しは息抜きが出来るだろう。
三人でシフトを回せば休日に呼び出される事もなくなる。


「無駄話はそれくらいにして、撤収準備でもしたらどうだ」


眼鏡を押し上げながら、固い声が飛んでくる。
征陸さんは苦笑いだ。
どうやら先ほどの会話は聞こえてしまっていたらしい。
また面倒事が増えるとでも思ったのかもしれない。


「聞いているのか、此木」


矛先はいつも俺だ。
狡噛と話す機会も増やせばいいのに、とは思うが。
これが宜野座なのだから仕方がないと諦める。


「あぁ。そうだな……帰るか」


俺の言葉を合図にしたかのように、縢が立ち上がる。
何か言いたげな表情にも見えたが、目が合うなり肩を竦められた。
追求する理由もない。
はやくドミネーターを仕舞いに行くとしよう。

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