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先生×生徒の学パロのずっと後の話
おてぎね先生の下の名前
デフォルトでは刀工の名前をお借りして『義助』となっています









「……あ、起こしちまったか?」

「まだ寝てていいぜ」

「眠そうな顔してるもんなあ」

「あ、そうだ。ちょっと聞きたいんだが……」

「…………ん、分かった」

「ほら、ちゃんと布団被ってろよ」




 妙に肩が冷たい。低く呻きながら布団の中に潜り込む。すん、と短く息を吸うと、喉の奥を突くひんやりとした空気と一緒に、いつもと違う匂いが流れ込んできた。
 だるんだるんと左右に動き回る。ふっくらとした布団は体温ですっかりあたたまっている。半分夢の中で感じる布団の心地よさといったら。
 でも、なんだろう。何かが足りない気がする。暗闇の中で重い目をこじ開け、そうっと顔を出してみた。

「先生……?」

 頭もまだ少し寝ぼけているが、自分が今いる場所についてはすんなり理解した。
 大好きな『先生』の家だ。私が通っている学校の先生。そして、大切な恋人でもある。
 先生と生徒。地学準備室以外じゃ滅多に二人になることはできなかったのだけれど、そんなしがらみからは数日前に解放された。だから私は昨日、先生の家に上がらせてもらって。それで――夜に、初めて。
  盛り上がった布団の隙間から入り込んできた空気に晒され、自分が生まれたままの姿でいたことに気づいた。背中がむずむずする。誰にも見られていないのに裸でいることが恥ずかしくなって、頭の天辺まで布団の中に引っ込めた。
 下腹部のあたりに違和感があるのもつまりはそういうことをしたからなんだろう。布団の中でじっとしていると、段々と昨日囁かれた言葉や触れてくれた指の感触が思い出されてきた。
 おかしくなりそう。ごろごろと広いベッドの上を悶え回る。恥ずかしい。けど、でも、嬉しい。私、きっと今、すごく緩んだ顔をしてる。誰も見ていなくて良かった。

「……あれ」

 誰にも見られてないっておかしくない? 確かに布団の中にいるんだから見られないのは当たり前なんだけれど、そもそも、私はどうしてベッドを独り占めしてるんだろう。ここは先生の家で、先生のベッドで、昨日の夜は先生と一緒に眠ったはずなのに。
 もう一度。頭だけを出して部屋の中を見回す。日はまだ高くはないものの、カーテンの隙間からこぼれる光で十分に視界は保たれている。
 男の人の部屋にしては随分綺麗だと思う。実は他の男の人の部屋には入ったことがないから比べようがないんだけれど、なんていうか、物自体が少ない。昨日、緊張を誤魔化しがてら尋ねてみると、「あんたが来るから片付けたんだよ」と返ってきた。「だから、クローゼットは開けたらダメ」……ちょっと照れくさそうに。いつもはもっと汚いのかも。でも、私はそんな素の生活にも触れてみたいと思っていたりする。
 それはさておき。ファイルが立て掛けられた机はシンプルなデザインで、椅子も同じく。本棚の中には意外なことに文庫本しかない。漫画はクローゼットの中かな。勝手に予想をしつつ、最後にぐるりとベッドの下も覗き込んで。
 結論。どうやら、ここに先生はいないみたいだ。
 暦の上では春といっても、朝はまだまだ空気が冷たい。布団を被ったままベッドの脇に固められていた衣服を身につける。下着以外は先生から借りた物だ。勿論、サイズなんて合うはずがないから上も下もぶかぶか。首元はちょっと緩すぎて寒い。でも、先生の服を着るのは好きだ。昨日から好きになった。
 裾を引きずりつつ、寝室とダイニングを繋ぐドアに手をかける。――そういえば、夢うつつに先生と何か話をしたような。でも内容はひとつも思い出せないし、ただの夢だったのかもしれない。

「先生、どこー……?」

 明かりのついていない部屋は怖いくらいに静まり返っていた。壁際のスイッチを押し、目を慣らすために何度か瞬きをする。目に見えるところに人の姿は見当たらない。部屋は冷え切っていて寒いし、気配さえ感じられない。
 それでも先生が私を置いて出ていくとは思えず、私は一人暮らしのさして広くもない家の中を歩き回った。私が横たわってもいくらか余裕がありそうな大きさの、広いソファの裏っかわ。物干しとサンダルが置かれているだけのベランダ。テレビ台や棚は壁際に敷き詰めるように置かれているから、奥に隙間はない。
 一応、トイレのドアを開く前にはちゃんとノックをした。昨日使った浴室も覗いてみたけれど、すっかり乾いたそこには勿論誰の姿もない。最後の最後に玄関を見てみると、先生が昨日履いていた靴は私のパンプスと一緒にそのまま並べて置かれていた。でも、他の靴で外出されていたら私には分からない。

「先生……」

 フローリングと直に接した素足がかじかむ。気味の悪い寒気が背中を這い上がってくるのを感じる。先生の家で変なことが起きるはずがないとは分かっていても、心細い気持ちが抑えきれない。
 あと、可能性があるとしたらクローゼットの中だろうか。普通に考えて、先生がそんな場所に隠れる意味なんかこれっぽっちもないのだけれど。
 でも、まだ朝早いし。今日は予定ないって言ってたし。
 携帯を見てみると、まだ八時にもなっていなかった。ほんの少し期待した連絡も何も入っていない。
 寝室でクローゼットと対面して、そのまましばらく立ち尽くしていた。やっぱり、先生はどこかに出かけちゃったのかも。勝手に開けるのは躊躇われるし、先生も嫌がるだろうし、大体どう考えてもこんなところにいるはずがない。
 でも、一応。念のため。
 先生。もう一度呼ぼうとして、息を吐き出す前に唇を閉じた。ふと、ある可能性に思い至ってしまって。
 もしかして、『先生』って呼ぶから出てきてくれないんじゃないだろうか。だって先生はもう『先生』じゃない。お世話になった大切な恩師ではあるし、その意味では確かにずっと『先生』なんだけど、今の私はもう一つ、呼んでいい名前を知っている。
 呼んでみようか? そうしたら、ちゃんと応えてくれるかも。
 ――ああ、でも、でも。
 口の中がからからになる。心臓が私の意思を離れて勝手に騒ぎ出した。手も足も、指先は凍えそうに冷たいのに、顔だけがやけに熱を持っている。
 緊張してるんだ。先生の名前をひとつ呼ぶのに。昨日の夜、たくさん呼んだのに。
 深く息を吐いて、吸って。大丈夫、呼べる。自分を励まして、私はその名前を音にした。

「……義助……?」

 残念ながら、出てきた声はなんだかひっくり返っていた。どきどきしすぎたせいだ。
 緊張は続いていて、名前を呼んだ後にはさらに胸がきゅうっとなった。頭の中はいっぱいいっぱいだ。
 なんて愛おしい名前なんだろうと思う。それを呼べることが嬉しかった。

 けれども、その名前はしぃんとした部屋にただただ消えて。
 待てども待てども、どこからも先生が出てくることはなく。

「ッ……!」

 いない。いない。先生は家にいない!
 かああっと頬から伝染していったみたいに身体中が火照り出す。これでもかというほど信じさせられた。先生はどこかに出かけているんだ。それなのに、私は一人で緊張して照れて名前を呼んで喜んで恥ずかしがって、本当にもう何してるんだろう!
 ベッドに飛び込んで、布団の中に潜りいたたまれない気持ちを鎮めようとする。でもすぐに先生の匂いに包まれていることに気づき、今までの痴態が筒抜けになっている気がして、私は叫びそうになりながらダイニングへと逃げ戻った。
 ふらふら彷徨い、最終的にソファに座り込んで顔を覆った。恥ずかしい。熱いのが収まらない。
 ああ、だとか、うう、だとか。言葉にならず呻いていると、玄関のあたりでガチャと金属の擦れ合う音がした。飛び跳ねた心臓を抑え、音の聞こえたほうに目を向ける。先生、だよね? どきどきしつつドアが開くのを待った。

「あれ、起きてたのか?」

 入ってきたのは慣れ親しんだ先生で、知らない誰かでなかったことにとりあえず安心する。先生は意外そうな顔をしてソファへと近づいてきた。

「寒いだろ。布団で待ってても良かったんだぜ」

 なんでもないことのように言い、先生はテーブル下の収納スペースからリモコンを取り出して暖房の電源を入れた。さっきまでの私の不安や焦りや混乱なんて、当然知りもしない。
 その姿を見ているうちに、可愛くない不満が私の中に湧き上がってきた。何も言わずにいなくなるなんて酷い。連絡の一つくらいしてくれたっていいのに。

「あの、どこ行って……」

 尋ねようとした時、先生の手に掲げられていた袋がテーブルに置かれた。かさ、と紙の擦れる音がする。中からは小麦粉の焼けた香ばしい匂いが漂ってきた。

「パン……?」
「ん。ここのパンうまいんだよ」

 おいしそうな香りに惹かれて袋を覗き込む。食べ物を目にした途端に、今まで平気だったお腹がきゅっとなった。

「あ、もしかして寝ぼけてたな。さっき、パンとご飯どっちがいいか聞いただろ?」

 たぶん、間抜けな顔をしていたんだろう。先生はコートを脱ぎながら半分予想していたような口ぶりで言った。
 勿論、尋ねられた記憶はない。あったらあんなに探し回ってない。……ここにパンがあるということは私は前者を選んだんだろうか?

「お、覚えてないです……」
「やっぱり」

 正直に告げると柔らかな苦笑が降ってきた。
 私はぽかんとその顔を見上げた。先生はこんな朝早くからわざわざ外に買いに行ってくれてたんだ。私がパンがいいって言ったから。
 それを知るとさっきまでの不満は呆気なく引っ込んでいって、代わりに嬉しいやら、申し訳ないやら照れくさいやら。色々な思いが混ざったけれど、びっくりして言葉にはならなかった。

「腹減ったか?」
「あ……はい」
「じゃあ、今から準備するな」

 控えめな色味のニットと黒のパンツは先生にとても似合っている。休日のラフな格好だ。今まで見ることもできなかった先生の素の生活に触れているのを感じて、私の胸は高鳴った。

「朝ご飯、作ってくれるの?」
「おう。待ってろよ。そんな大したものは作れねえけど」

 先生は一度寝室に向かって、そこから持ってきたブランケットを手渡してくれた。触り心地が良くてあたたかそう。まだ部屋の温度は上がりきっていなかったから、貸してくれるのはとてもありがたかった。
 でも、外はもっと寒かったに違いない。それなのに私のために出かけてくれたのだと思うと、私はたまらない気持ちになって、気づけばキッチンへと向かう背中に抱きついていた。

義助

 名前を呼ぶと、顔を寄せた広い背中が小さく震えた。

「お、おう……どうした?」

 いきなり呼んだからびっくりさせたみたいだ。
 でも、今度は裏返ることもなくすらりと口にできた。それに、ちゃんと受け止めてもらえた。それが嬉しくて、私の顔はだらしなく緩んでしまう。

「あのね、起きたら一人だったから……」
「……寂しかったのか?」
「うん、寂しかったの」

 回した腕に力を入れ、ぎゅっと身体をくっつけた。心があたたかなもので満たされていく。大好きな人の存在が胸いっぱいに感じられる。ここにいる。私の傍にいる。

「……ご飯、待ってますね」

 もう大丈夫だ。背中に微笑みかけ、私は元の場所へと戻った。
 ソファの上で体育座りをして、首から足の先まで全部ブランケットで覆う。あったかくて幸せな気分。せっかくだから、料理を作ってくれるところを見ていたい。
 そう思っていたのに、彼はカウンターには向かわず、なぜか私のほうに近づいてきて。

「どうし、」

 全部を言わせてもらえないまま、私は唇を塞がれた。
 触れた唇は少しひんやりしていたけれど、入り込んできた舌はとろけそうに熱い。それは私の口の中をじっくりと舐め上げ、舌に柔らかく絡みついてくる。突然の口づけに私はびっくりして、頬に手を添えられた時にも大げさなくらい身体を跳ねさせてしまった。
 息が乱れた頃にようやく唇が離れ、それと同時に私は広いソファにこてんと転がされていた。

「せ、先生っ?」

 呼びかけると、真上から私を見下ろしている整った顔が、むっと不満を露わにした。

「なんで今度は『先生』なんだよ」
「あ、う……義助……?」

 言い直してみると、唇を引き締めようとして失敗したような変な表情が返ってきた。先生――じゃなくて、……義助は、黙ったまま私を見つめた後、目を閉じ、呆れた果てた様子でため息をついた。

「我慢できなかった」

 再び顔が近づき、私は目を瞑る。唇に一度軽く触れたかと思うと、今度は瞼や鼻先、額や頬や、こめかみから顎に至るまで、顔中に柔らかな感触が降りてきた。

「っ、ん」

 ちゅ、ちゅ、と優しいキスを落としてくる唇がくすぐったい。そうされているうちに、昨日この人に捧げた身体がそわそわと疼いてくる。
 ……そっか、これは、私達がふたりで迎える、初めての朝なんだ。
 キスならもう数えきれないくらいしてもらっている。それなのに急に恥ずかしさが込み上げてきて、私の身体はどこもかしこも熱く火照り始めてしまった。
 最後に一度、唇が重なる。目を開けた時、義助はまだ何かを堪えるような変な顔をしていたけれど、視線が合うとさっと顔を逸らしてしまった。

「……飯、作るから、待ってて」

 こちらに背を向け立ち上がった義助がふらふらとキッチンのほうへ向かう。その顔が薄らと赤く染まっていたのを私は見逃さなかった。
 しばらくの間、夢心地でその後ろ姿を見つめていた。けれどもすぐに耐え切れなくなって、私は横になったままブランケットに潜り込む。
 寒くてたまらないとでもいうように頭まで布にくるまった。本当は、熱くてのぼせそうになっていた。
 そうしてずっと、義助に名前を呼ばれるまで、私は熱さと戦いながら頑なにブランケットに引っ込んでいた。

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