17:Strange Rain shelter -Wonderful creatures- まめすけとあにきが正式に私の“てもち”になり、巷の少年少女たちより大分遅まきすぎるトレーナーデビューを果たしてからはや2週間。かといって全治1か月強の骨折で仮にも療養中の身ではおいそれとどこかへ出掛けていけるわけもなく、特に変わり映えのしない平穏な毎日はのんべんだらりと過ぎていった。否、暇を極めすぎたおまめが自主的に郵便屋のペリッパーたちを手伝っていたり、もうだいぶ人の姿での動きが板についてきたあにきが買い物の荷物持ちをしてくれるようになった程度の変化はあったか。閑話休題。 ホウエン地方はいつの間にか梅雨入りし、湿気交じりのぬるい風が纏わりついてくる嫌な季節を迎えていた。病院の受付の「お大事にどうぞー」との声を背中に聞きながら空を見上げると、案の定ずんと重たい色をした怪しい雲行き。いつぞや怪我で運び込まれた病院の再診予約が今日だったため、マコトは80%の雨予報にもかかわらずまめすけに乗ってミナモシティまで出てきていたのだった。 「げ、降りそう……。さっさと退散しよ」 待ち合わせ場所の近くの公園まで小走りで移動すると、緑色の目立つ頭はすぐに見つけることができた。腕組みでベンチに座ったまま、間抜け面でかくかくと船を漕いでいる。……せっかくなので気配を消して背後に回り、この前つけたばかりの新しい名前を耳元で囁いてやることにした。 「風音」 『……』 「風音ー」 『………』 「かーざーね」 『…………グゥ』 「……まめすけ」 『んがっ!?……あぁ悪ィ、完全に寝てた。診察は終わったのか?』 耳馴染みのある幼名の方で呼んだ瞬間、見事一発で飛び起きた我が相棒殿。やはり長年の呼び名をいきなり改めようとしても無理があるようだ。つける前から既に分かりきっていたことなのでさして気にすることもなく、行きより軽くなった左腕のギプスを少し掲げて見せてやる。 「あんまり動かせないのは変わらないけど、経過は良好だって。このまま大人しくしてればちゃんと元通りくっつくそうよ」 『そりゃあよかったな。で、次の予約はいつになった?』 「また2週間後、今度はヒワマキの方の診療所に行けばいいみたい。おまめのお陰でミナモに来るのも楽になったけど、雨とか降ると鬱陶しいから近くなるのはありがたいわね」 『なんだ、タクシーはもうお役御免か。嫌いじゃなかったんだがな』 「心配しなくても怪我が治ったらいくらでも足に使ってやるわよ。さっさと帰りましょ」 一応屋外とはいえここは閑静な住宅街、下手にフライゴンなんて出そうものなら騒ぎになりかねない。しかし、そうして街の外を目指して歩きだした二人の鼻先に強い雨の匂いが掠め、嫌な予感を覚えるより先に地上はたちまち土砂降りに見舞われた。 『ぶわーっ!!とうとう降ってきやがった!!』 「ああもう、最悪!どっか屋根、屋根!!」 ほうぼうの体でどうにか駆け込んだ先はなんと、お高い集合住宅の類によくある屋根と囲い付きのごみステーションだった。幸い大半のごみは回収された後のようだが、場所が場所なだけに少々臭うのは否めない。 『……兄貴、留守番でよかったな』 「本当にね……。」 生ゴミ臭さが鼻につくうえ、お互い服やら髪から水が滴るほどずぶ濡れでげんなりだ。ここまで来たらもう濡れて帰っても同じではと思わなくもないが、屋根を打ちつけるハイドロポンプのような雨音を聞いているとあまりそんな気も起きてこない。止むどころか弱まるとも知れない雨をこのままゴミ捨て場でやり過ごすのと、ハイドロポンプ豪雨に打たれて無理やり帰るのでは一体どっちがマシなのだろうか。 ≪―――っく……ひっく……ぐすん≫ 「…………ん?」 『どうした?マコト』 「いや……なんか、子供のすすり泣き?みたいのが聞こえた気がして」 『は?んなバカな、ゴミ捨て場だぞ?』 「そうよね、私もそう思うんだけど……」 雨宿りか強行突破か脳内天秤に掛けて考えていたら、誰もいないゴミ捨て場の奥から何か聞こえた気がして振り返る。しかしまめすけは気が付かなかったようなので、ただの気のせいということでスルーしようかとも思ったが…… ≪ぐすっ……えぐ……うええぇ……!!≫ 「『…………。』」 ……今度は間違いなく聞こえた。聞こえてしまった。思わずまめすけと顔を見合わせると、真顔のまま分かりやすく青褪めていた。しまった、こいつホラー案件だめなんだった。 『ま、まままままさか、産まれ損なって捨てられた水子の霊とかじゃねぇよな……?』 「うわっ、何その無駄に豊かな想像力。あんた苦手なくせにその手の番組めちゃくちゃ見たがるわよね」 『うるせー!苦手だからこそ回避するために敵を知ろうとしてるんだよ!!』 「回避しようもなくいきなり遭遇するからこそのお化けなんじゃないの?まあいいわ、じゃあ何かあったら有識者の方対応よろしく」 『あ、おい!マコト!?』 マコトはこういう時まるっきり頼りにならないまめすけを置いて、すすり泣く謎の声の主を探すことにした。ないとは思うがもし万が一本物の子供だったら後味が悪いにもほどがある。 できるだけ顔を背けてその辺のコンテナの蓋を一通り開けて調べてみた後、壁際に雑多に立て掛けられていた段ボールを足を使ってずらしていく。すると、今まで段ボールの隙間に隠れていたらしい何かがぽてりと落ちて転がった。 ≪えぐ……ひっく……ずび……≫ 「…………。」 これは……全体的に汚れて煤けている以外なんとも形容し難いが、色も形も不揃いのパーツが辛うじて糸で繋がっている、綿の飛び出た…… 「ぬい……ぐるみ?」 ≪!!―――…!―――!!!≫ その単語を口にした瞬間、伏せられていた顔の部分がぐりん!!と勢いよくこちらを向いた。すすり泣きが聞こえなくなった代わりに声なき声で何かを訴えようとしているようだが、私とまめすけをもってしてもそれを明確な意味を為す言葉として理解することはできない。取れかけてぶらぶら揺れる片目のボタンが、まるで大粒の涙のようだった。 謎のぬいぐるみと思しき何かは今にも千切れそうな四肢をガタガタと不気味に震わせ、ツギハギの両手を伸ばしてじりじりこちらに近付いてくる。正直言って普通にホラーだ。ホラーなのだが。 ≪―――!……!!――…≫ 「……なんか、見た目のインパクトのわりに害意を全く感じないのよね。ほんとにただ泣いてるだけに見えるというか…」 『…迷子の子供……?いや、これはむしろ……』 特に危険は感じられないが迂闊に手を出していいものか分からず、じりじり動くぬいぐるみをちょっと離れて観察していたマコト。さっきまでビビっていたはずのおまめがいつの間にか隣にいたので、何やら心当たりがありそうな有識者の意見を暫し待ってみることにする。 『…なぁマコト。これはあくまで俺の勘なんだが、もしかしてこいつ“ポケモンになりかけてる”んじゃないか?』 「はっ?ポケモンに?」 『そうだ。特にこういうゴースト系は、卵生に限らず特殊な生まれ方をするやつも多いんだ。 でもこんなにボロボロになるまでゴミ捨て場にいたってことは……何か最後の一押しが足りなくて彷徨ってた、とかじゃねぇのかな』 「えぇ…?そんなことって……」 あるの、と言いかけて、幼い頃に誰かが持ってきた土の塊が勝手に動き出してヤジロンになったことを思い出した。あったわ。ポケモンの生態は千差万別で奇々怪々、同じ場所に住んでいる仲間でもよく分からないことの方が多い。 ともかくまめすけの勘が正しければ、この子は迷子の子供どころかまだ生まれてすらいないふにゃふにゃの赤ちゃんということになる。そう考えると、おぼつかない足取りで必死にこちらへ歩いてこようとする様子が急にいじらしく見えてきた。同時に、連れて帰って保護せねば、という使命感のようなものも湧いてきた。――世間ではそれを母性という。 「……見つけちゃった以上、ほっとくわけにもいかないわよね」 『だな。これからどう転ぶにしたってこの場所じゃ不憫すぎるぜ』 片腕が使えないマコトに代わって、まめすけがぬいぐるみを傷つけないようそっと慎重に抱き上げる。彼は彼で、ポケモン未満の何かだと分かればお化けでも庇護対象になるらしい。 ふと外を確認すれば、さっきまで激しく降っていた雨はいくらか弱くなっていた。飛んでいる間に濡れるのは避けられないだろうが、この陰気なゴミ捨て場から脱出するなら今しかない。抱き上げられてすっかり大人しくなったポケモン未満のぬいぐるみを連れて、マコトとまめすけはせーので雨の中へと駆け出していった。 (ふしぎなふしぎな生き物) |