15:New daily life
-In the town of the forest-





 ――マコトは、うんざりするほど聞き飽きた時刻アラームの音……ではなく、何者かに揺り起こされて眠りの中から浮上した。

 「うーん……なによエミ、珍しく早起きしたなら朝飯ぐらい作っといてくれてもいいのよ……」
 『…寝ボケてんのか?おーい』

 つんつん。頬をつつかれる。…女子にしては随分と硬い指だ。逃れるように寝返りを打とうとして、左腕から迸る激痛に跳ね起きた。

 「〜〜っいったぁ!!?」
 『うわっ!大丈夫か?』
 「ぎゃああ!まめすけっ!?」
 『おう。おはよーさん』

 全力で後ろに下がったせいで壁にしたたか頭をぶつけてしまったが、お陰さまで一気に目が覚めた。そうだ、いちいち思い出すのも億劫なほど色々あって今日から独り暮らしじゃなくなったんだった。ベッドの足元へと視線を動かせば、そこでは案の定黒と灰色の大きな毛玉が半笑いでこっちを見ている。

 『おはようございます、ご主人』
 「…おはよ、グラエナ。よく眠れた?」
 『はい。人間の寝床は快適ですね』
 「そりゃあね。知っちゃったらもう戻れないわよ」

 窓を開け放ち、まだ仄暗かった部屋に朝の日差しを取り入れると、何も言わずとも伸びてきた手が揺れるカーテンを束ねてくれた。チルット達の交わすおはようの挨拶が、心地よい囀りとして耳に届く。
 いつもの時間、いつもの部屋。そこまでは今までと何ら変わり映えしないが、今日からは毎日ここにおまめとグラエナがいてくれる。たったそれだけの事実をどこか新鮮に感じながら、マコトは寝癖のついた髪を手櫛で適当に梳き、ショートパンツから伸びる生脚をよっこらせ、とベッドから下ろした。例によってキャミソールの肩紐が落ちかけていることに気付いたが、首から下げているギプスのお陰でポロリなんてことはまずないので気にしない。…のだが、光の速さでおまめに直された。素早い。

 冷たい水でワイルドに顔を洗い、皆で一緒に身だしなみを整える。その後リビングに戻り、オンタイマーで勝手についたテレビにあにきがビビったりその場で着替えるべく服を脱ごうとしたら全力でおまめに止められたりしている間に、開け放った窓辺に1匹の小さな綿鳥がぱさりと降り立った。

 「ちるー」
 「あ、おはようチルット。今日もフカフカね」
 「ちるるーん」

チルットは当然のように家の中に入ってくると、マコトの腕に吊られたギプスを止まり木代わりにご機嫌でハミングを始めた。自慢の羽毛を誉められたのが嬉しかったようだ。
 これは止まり木じゃないんだけどなぁと苦笑しながらも、腕の中でちるちると歌うチルットを擽るように撫でるマコト。可愛らしいお客の来訪に、まめすけとグラエナの関心もそちらに向いたようだ。

 『お友達ですか?』
 「うん、野生の子」
 『へえ。それにしちゃあ慣れきってるな』
 「ヒワマキのお土地柄ってやつよ。ここじゃそう珍しい事でもないわ、ほら」

 気持ち良さそうに目を細めるチルットの歌声に誘われるように、マコトの家の窓辺にはその他にも様々なポケモンが続々と集まってきた。

 『お姉ちゃんおはよー』
 『おはよう。怪我したんだって?差し入れ持ってきたよ』
 『はよっすマコトちゃん、そいつカレシ?ひゅーひゅー』
 「みんなおはよう。きのみは有り難くいただいておくわね」

 声の主は上から順にナゾノクサ、オオスバメ、ハスブレロ。ナゾノクサはハスブレロの頭の上からぴょん、と飛び降りて家に入ってくると、抱っこをせがんできたので片手でひょいと抱き上げた。すると、包帯まみれなうえチルットに乗られている左腕を労るように頭の葉っぱで撫でてくれた。かわいい。
 オオスバメが葉っぱにくるんでくれた大量のきのみはあにきに受け取ってもらい、明らかにおまめを指したハスブレロの発言については特に肯定も否定もせずに華麗にスルーした。訂正なら程なくおまめが勝手にやってくれるからだ。

 『あんたらもマコトの友達か?俺はフライゴンのまめすけ、よろしくな。で、こっちはグラエナの兄貴だ』
 『今日からこの町で世話になる、よろしく』
 『まあ、あなた擬人化だったの?すごーい。これからよろしくね』

 なんでえ、カレシじゃなかったのか…と何故か残念そうなハスブレロにナゾノクサを返し、まさかの自分の歌で眠くなってしまったらしいチルットはオオスバメに引き取ってもらった。
 先程も言った通り、ここヒワマキの周辺には比較的人に慣れたポケモンが多い。何故なら街の中には人間と同じくらい、否、下手をしたら人間以上の数の野生ポケモンがごく当たり前に暮らしているのだ。
 一家団欒中のジグザグマ達のすぐ真横を通ろうが、光合成中のトロピウスに寄り掛かって日向ぼっこをしようが大抵の子は気にも留めない。人もポケモンも物心つく前から共存関係にあれば、たとえ種族が違ってもよき隣人として付き合っていけるという好例だろう。

 『賑やかな方々でしたね』
 『いやー、面白いな。ここ』
 「そうね。どう?この街は好きになれそう?」
 『ああ。お前がここに住み着いた理由が何となく分かった気がする』
 『俺もです。すごく気に入りました』
 「そっか」

 よかった。と嬉しそうに笑んだマコトは、さっきオオスバメに貰った差し入れを改めてテーブルの上に広げてみた。某となりの妖精のお土産よろしく葉っぱと蔦で包まれたその中からは、森で採れた色とりどりのきのみがゴロゴロと出てくる。どれもよく熟していてとても美味しそうだ。

 「さーて、おいしいものも貰ったことだし朝ごはんにしましょうか。食べたら出かけるわよ」
 『おう。どこに?』
 「色々と用事があるのよ。まずは……あそこね」


 ***


 まめすけとグラエナを連れていった先は、カフェ&バー・レインリリー。といっても、決してお茶をしに行ったわけではない。まめすけの中途半端で鬱陶しいロン毛と、ポケモンセンターである程度きれいにしてもらったとはいえまだ微妙にモサモサなグラエナの毛並みを何とかしてもらうため…つまり用事とは、この2匹の散髪だ。
 マコトも常日頃からお世話になっている、腕のいい美容師兼トリマーがここにいる。

 『髪を切れるのは願ったりだけどよ…ここってどう見ても飯屋だろ?』
 「今に分かるわ。ラウラさーん」
 『はーい?』

 ぴょこ、とカウンターの向こうから顔を出した、ラウラ副店長。口には野菜スティックのニンジンをくわえている。傍にマスターの姿がないところを見ると、相方の目を盗んでまたつまみ食い中だったのだろう。
 いつマスターが戻ってくるか分からない以上、下手にポケモン達と会話をするわけにはいかない。隣で大量の疑問符を浮かべる2匹の疑問に答える代わりに、マコトは「こいつらよろしく」とラウラの前に彼らを差し出してみせた。ぽりぽりと咀嚼していたニンジンを食べ終えたラウラは、そんなマコトの頼みをすぐに察してくれたようだった。
 慣れた動きでカウンターを飛び越え、一行の前に華麗に着地したのは、もふもふのサイドテールがキュートなお姉さん。そう、擬人化だ。

 『うわっ!?』
 『おっけー、お姉さんに任せときなさい。ヒワマキいち美容ともふもふにうるさいこの私がばっちり格好良くしてあげちゃうからね』

 どこからか取り出した愛用の櫛とハサミをちゃきちゃきと動かすラウラ。そんな彼女を見ておまめとグラエナがぽかんとしている理由は、ポケモンが美容師だったという事への驚きだけではない。元が四足獣である彼女の動きが、人間のそれと全く遜色ない自然なものだったからだ。

 『すごいな…!どれだけ練習したらそこまでできるんだ』
 『うふふ、コツさえ掴んじゃえばこっちの姿はすごく便利よ。ねっドラゴンくん』
 『おう。後で帰ったら兄貴もやってみようぜ』
 『えっ!?ま、まあ興味がないことはないが……』

 俺にもできるだろうか…と、自分の足元を見つめるグラエナ。後押ししてあげたいが迂闊に喋れないマコトはすっと目を細め、何も言わずにその頭をくしゃくしゃと撫でた。無意識なのか分からないが、くぅん、と鼻が鳴る。かわいい。

 しかし、グラエナが渋るのはある意味当然だ。種族による差はあるもののほとんどの場合、人とポケモンでは身体の構造から何から全てにおいて本来のものとはまるで違う。ゆえに、そのまま生活するとなるとかなりの問題点が生じてしまうのが常である。
 例えばブースターやグラエナのような四足歩行の獣に、今からいきなり二本足で立って歩いて人間のように振舞えと言っても無理があるだろう。もっと言うなら、普段ヒゲや触角などで体のバランスを取っているようなポケモンからそれらの器官を取り除いてしまったら?今までエラ呼吸だったものが、いきなり肺呼吸に切り替わったら?…どうなってしまうかは想像に難くない。
 つまりポケモンが人の姿を取る事で生まれるデメリットは、言語による意思表示が出来なくなる事による、コミュニケーション能力の著しい低下だけではないのだ。寧ろもっと致命的な要因が無数に存在するがゆえに、擬人化を完全にマスターするのは非常に難しい…というかリスクが高すぎて、余程の理由がない限り誰もやりたがらない。いつも近くにいるので麻痺するが、まめすけや先生、ラウラのような存在は、本来かなりのレアケースなのである。

 「やあ、いらっしゃいマコトちゃん。今朝はラウラに用事かい?」
 「マスター。おはようございます。…リボンタイねじれてますよ」
 「え、ヤバッ!またラウラにどやされちゃうよ」

 店の奥から現れたマスターに声を掛けられ、マコトは思案に耽るのをやめた。…ちなみにラウラさんが擬人化を覚えた元々の理由というのは、一人でこの店を切り盛りするマスターの助けに少しでもなりたかったから。だそうだ。当のマスター本人にはその言葉こそ届いていないものの、気持ちはきっと伝わっている筈だ。実に理想的な人とポケモンとの付き合いの形である。
 この店で過ごす時間がなんとなく心安らぐ理由は、この2人の仲の良さを見ていると妙に和むからだろう。と、マコトは勝手に思っている。

 「じゃ、私は行くわね。マスター、明日はみんなでモーニング食べに来ますんでよろしく」
 「お、それは嬉しいね。いつでもおいで、待ってるから」
 「お店開けといてくださいよ?まめすけー、終わったらあにきと先に帰っといてねー」
 『おー。わかったー』

 ころろん、という簡素なベルの音と共にレインリリーを後にしたマコトは、その足でまずもう一つのバイト先に顔を出しに行った。相変わらず困り顔の支局長に菓子折りを渡し、配達仲間のキャモメとペリッパー達に回復祈願のアクアリングをかけられて全身びしょ濡れになった後、街の草ポケモン達と一緒に暫し水辺で日光浴をして髪と服を乾かした。ショートヘア&薄着でよかった。


 そしてマコトが一人向かった先は、最早お馴染みのスカイウォーク商店街。一人暮らしの女子の家に常備されている筈もない、男物の服を購入するためだ。マコトの知る限り一番の擬人化マスターである先生曰く、ヒトの文明に馴染むためにはまず見た目から。その昔、耳にタコができるほど言われたのでこれは間違いない。確かに、いくら髪を切ってさっぱりしたところでいつまでも着の身着のままでは不潔だし何より恥ずかしい。私が。
 とはいえサイズも趣味も分からないので当面必要となる最低限だけ今揃えておいて、それから改めて2匹をここに連れてきてあげよう。という算段だ。

 (えーっと、服屋は確か……)

 複雑に枝分かれした吊り橋を、おぼろげな記憶を頼りにてくてくと渡っていく。自分の服は専らミナモデパートのバーゲン品ばかりなので、自分の街の服屋がどこにあるかうっかり忘れてしまったのだ。
 確か上層の方だったかなあ、などと考えながら、綿雲の浮く上の方ばかりを見ながら歩いていたら…同じく余所見をしていたらしい誰かと、軽く肩がぶつかった。
 常ならば振り返ってちょっと会釈するなりでそのまま通り過ぎられたのだろうが、今回ばかりはちょっと無理だった。何故ならぶつかったのは左肩。包帯ぐるぐるの二の腕の裂傷から、鋭い痛みが神経を駆け抜けた。

 「い゛づっ!!!?」
 「えっ!?やだ、ごめんなさい!大丈夫ですか!?」

 返事をしたいのにじーん…じーん……とエコーのように襲ってくる激痛のせいでそれどころではなく、暫し立ち尽くして悶絶。ぶつかった瞬間の変な体制のままぴくりとも動かない私の様子に、焦った声が駆け寄ってくる気配がした。あれ、その声は。

 「いったたた……なんだ、エミか」
 「マコト!ああああごめんね、私がぶつかったせいでそんな包帯ぐるぐる巻きに!!」
 「…ねえあんたそれ天然?天然なの?」

 昨日もこの状態で会ったでしょ、というツッコミにも聞く耳を持たず病院に引きずられそうになったのを首根っこを掴んで止め、どうにか冷静になったエミ。全くこのお嬢さんの奇想天外な言動には毎度驚かされてばかりだ。照れ笑いながら「お詫びに荷物持ちするよ」というそのお言葉に甘え、マコトは改めて服屋の方へと足を向けたのだった。








(大好きなこの街で、君たちと)





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