11:Unforgettable pain
-And touched the sound of silence-






 眼前に広がる、広大な124番水道。初夏の柔らかな日差しを受け、きらきらと光る波間から名物のホエルコが数匹ひょっこり顔を出す。気紛れに浮き沈みを繰り返しながらしばらく群れで泳いだ後、勢いよく潮を吹き上げてまた沖の方へと消えていった。驚いたキャモメが慌てて高度を上げて、港の方へと羽を休めに飛んでいく。
 ごつごつと尖った沢山の岩礁とともに、遥か遠くの方にはうっすらとトクサネシティの影。砂浜寄りの高台にあるここミナモの灯台広場は、絶好の景観のわりにあまり人が来ない私お気に入りの穴場であった。

 『……で?“ご主人”ってのはどういうことだ?』

 …と、そんなとっておきの場所で怒気混じりに問うのは勿論まめすけ。現在片腕しか使えない私が大苦戦しながらも何とか買ってきたコンビニ弁当をがつがつかっ込みながら、じとりと横目でこちらを睨んでいる。
 私が何か言おうと口を開く前に、最後に残っていた大きなシュウマイを食べ終えた彼はこう言った。

 『俺には散々帰れとか人間に毒されんなとか言っておきながらこいつがついてくる分には構わねぇってか?そりゃあんまりにも理不尽ってもんじゃねえのかよ、俺は単純にいなくなったマコトが心配ですっ飛んできたってのに心配が一周回って怒り心頭だ今なら逆鱗覚えられそうだぞコノヤロー。
 あと本当にそんなもんで腹足りんのかよ、ただでさえ長細っせえんだからしっかり食えよなお前』

 そして○ヤタカのペットボトルを軽く振ってからぷしっと開けて一口。ちなみに私が食べているのはマトマと野菜のサンドイッチだ。これの袋を開けてもらった時にも思ったが、こいつは仮にも野生ポケモンの癖にどうしてビニールやペットボトルの開けかたやら割り箸の使い方やらを当然のように知っているんだろうか。しかもプロい。違和感がない。謎過ぎる。

 『おい、マコト………?この期に及んでまだすっとぼけるたぁいい度胸してやがんな、そんなに俺が嫌いかそーか』
 「いだ、いたたたた!!ごめん!ごめんって!ちょっと考え事してたの!!」
 『考え事ってそれ絶対今しなくてもいいようなどうでもいい事だろ!!どう考えても俺の質問に答える方が優先順位高くないか!?ああ!?』
 「私はこれでいいのよ、サンドイッチなら片手で食べられるしお昼なんていつもそんなにガッツリ食べないもん!」
 『アホ!その前だよ!!てかお前ぜってーわざとだろ!!』

 大きな手で私の頭をぐわしと掴んでぎゃーぎゃーと騒ぐおまめは、今にも元の姿に戻って竜の息吹か何かを吐きそうな勢いだ。お怒りはもっともだが流石はポケモン、あまりにも力が強すぎてさっきから頭蓋骨が若干軋んでいる。怪我人相手に容赦ない。隣でポケモンフーズを食べているグラエナは話に入るべきか迷っているのかはたまた私達のやりとりに引いているのか、微妙な顔で固まってしまっていた。
 そもそも私がこんな風にあらぬ方向に思考を飛ばしていられたのは、とある確信があったからだ。

 「あいたたた…だって、察しのいいあんたのことだから何があったかなんて大体の見当はついてるんでしょう?」
 『はあ?』

 訝しげな黒曜の瞳を覗き込む。幼い頃は今の私の膝ほどもない豆粒だった彼を私が見上げているという事実に、今更ながらある種の新鮮な驚きを覚えた。

 『何だよ、何がって』
 「何って、私のこの腕。最後に会った時にはまだ健在だった筈よ。これだけの大怪我について何一つ突っ込んでこないなんて普通に考えておかしいわよね」
 『……あのなあ…』

 心底呆れたといった表情で、鋭気を削がれたまめすけががっくりと肩を落とす。それが意味するところはつまり肯定だ。

 『…おおかた、そこの野良犬助けるのにまた無茶苦茶やらかしたんだろ?よっぽど想像力の残念な奴でもなけりゃこれくらいは分かって当然だ』
 「…うん」
 『確かに大体の事情は察した。でもな、』
 「俺が本当に聞きたいのはそこじゃない。……でしょ?」
 『…ああ、そうだ』

 まめすけは別に、私がご主人と呼ばれるようになった経緯を聞きたいわけではないだろう。私が言うべきことは、もう決まっていた。

 「…前に話した考えがぶれたわけじゃないわ。……でも、この間のあれは私も流石に言いすぎたと思ってるの。…ごめんなさい」
 『………そうか。あの時の様子じゃ何言っても聞かなそうだと思って、あの場は一旦引いたのはどうやら正解だったみたいだな。…まあ、頭冷えるどころかまさかこんな事になってるとは流石に思いもよらなかったが』
 「…ごめん。あんたには心配かけてばかりね」
 『全くだ。もっと反省しやがれこのバカ、放蕩家出娘』
 「いたっ」

 爪を立てて頭を小突かれた。普通に痛い。まめすけは私の言葉にひとまず安堵したのか満足そうに笑っていたが、まだ後ろめたさの残る私は目を合わせられずに視線を下に落とす事しかできなかった。
 それ以上なにも聞いてこようとしない彼の寛大さに、これ以上甘えているわけにはいかない。結果がどう転ぶにしろ、覚悟を決めよう。何よりこのまま私が何も話さなければ、私も彼等もどこへも進めなくなってしまうだろう。ヒトのエゴによって、ポケモン達が縛られる。それは私が、最も忌避することのひとつであった。

 「…ねえ、まめすけ。……グラエナも、聞いて」
 『ん?』
 『…ご主人?』
 「それなんだけどね、グラエナ。…助けておいてごめんなさい。私、トレーナーにはなれないわ」

 藍色の瞳が驚きに見開かれる。彼の同行は許したと思っていたのだろう、まめすけも意外そうに私とグラエナとを見比べていた。

 『…!まさか、俺が負わせた怪我のせいで、』
 「ううん、怪我は関係ないの。これは、私の問題…あなたと出会うずっと前から決めていた事だから」

 本当に腕のことはもう気にしないでほしくて、グラエナを膝の上に招いてくしゃくしゃと頭を撫でる。それでもその表情からこちらを伺うような色は消えなかったが、少なくとも怒ってはいないのが伝わったのかグラエナは甘んじて頭を撫でる手を受け入れてくれていた。そして視線を上げれば、いつになく真剣な表情のまめすけと視線が合う。今度は私も逸らさない。

 『マコト、それじゃあ…聞かせてくれるんだな?お前がどうして俺を遠ざけようとしてたのか、頑なにトレーナーになろうとしないのか』
 「ええ。…どうやったって楽しい話にはなりそうもないけど、付き合って」
 『もちろんだ。俺はそのためにここにいるんだからな』
 『俺も…聞きます。聞かせてください』
 「…そっか」

 寄せては返す波の音。鳴き交わされるキャモメの声。刹那、ぶわりと吹き寄せた潮風に目を瞑り――…
 私は誰にも話したことのない過去を、ぽつぽつと話し始めた。

 「…まずは私が何者なのか、グラエナには話しておかないといけないわね」





(→Next page)





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -