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「#年下攻め」のBL小説を読む
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刻印を消す君

この世界には理不尽な権力が数多く存在している。
天竜人だってそうだ。世界の創始者の一族かなにか知らないが、きっと同じ人間のはずなのに、どうしてその関係性は奴隷と主人なのだろうか。


―――まだ幼い頃だった。
家の外で母から教えてもらった素敵な歌を歌っていただけなのに、あの日私の人生は変わってしまった。人攫いに遭ったのだ。そのあとはヒューマンショップで売られ、金持ちの家の使用人として働かされた。ここまではまだマシだった。数年働いたのち、私はひょんなことから天竜人の奴隷になった。背中に大きな焼印を押され、もう奴隷以外の生き方などできない体にされてしまった。観賞用として大きな部屋で歌わされ、必要のないときは暗くて狭い部屋に閉じ込められた。そしてある時は性の捌け口にされた。何度も身篭り、その度に堕胎させられ、生きる気力をなくしていた。首についた起爆装置に手をかけ、もう死んでしまおうと思った矢先にまた事態は変わる。

一度意識を失った私はてっきり死んだのだと、ここは死後の世界なのだと思った。死後の世界なのに私の前には海賊がいて、まだ大海賊時代なのかと少しおかしくなった。

「なにを笑っている?」
「死んだ後も海賊を見ることになるなんて。天国ならもっと素敵な場所なんでしょうけどね。ここは地獄なのかしら」
「ヒトの船を地獄呼ばわりとは失礼なやつだ」
「ここ、船の中なの?」
「正確に言うと潜水艦の中だ。今は海中を進んでる。……ところでお前、突然現れたが何者だ?」

横たわる私に刀を向けるひどく目つきの悪い男はそう言った。突然とは。

「私、天竜人の奴隷です。もう疲れて死んでしまおうと思って首輪に手をかけたところで意識がなくなって気づいたらここにいました。ここは死後の世界ではないの?」

私がそういうと、男は私の服をめくり焼印を見た。

「奴隷というのは本当らしいが、何故お前が突然現れたかについては何の理由にもなってねぇ。能力者か?」
「一度余興で悪魔の実らしきものを食べさせられたことはあるけどそれが本物だったのかはわからない。でも何かしらの力が働いてここに来てしまったということは、そういう運命だったのかもしれない」
「運命だと?」
「死にそびれただけかもしれないけれど」
「俺がお前を奴隷として扱わないという保証はないぞ。そもそも得体の知れない女を船におく理由もねぇ」
「それなら殺して。生きる理由が見当たらない」
「得体の知れない女を理由もなく殺すのは後味が悪い」
「甘いのね、顔に似合わず」

ローはそう言って気まぐれに私を船においた。

「これ、本当に消えるの?」
「焼印とはいえ、単純に言ってしまえばひどい火傷だ。ケロイドなら俺の技術があれば治せる」
「本当に……?」
「お前にとっても気持ちの良いもんじゃねぇだろ。消えりゃ気持ちも晴れる」
「……ありがとう。本当にありがとう」

この時から私はローに好意を抱いていたし、頭のいい彼はそれに気づいていた。しかし知らないふりをしていた。それはいつか私が船を降りる日を思ってのことだろう。背中の忌々しい印が消えた今、私が普通の女として生きるためにそうしてくれていたのだと、あとからベポに聞いた。

初めてローと対面したあの日から数年が経ったある日のこと。比較的治安の良い島に着いたとき、彼は私に船を降りるように命令した。私は抗った。彼のそばで生きたいと思ったのだ。しかしローは首を縦に振らなかった。泣きながら食い下がる私を独房の様な狭い部屋に閉じ込め、ログが溜まるまでに頭を冷やせと言った。

「何故わからねェ。危険を伴う海賊船に乗り続けるより普通に暮らせる方が良いだろう」
「どうしてわかってくれないの。私はただあなたのそばにいたいだけなのに」

部屋のドアの前に座り込み、厳しい口調で諭すローに縋り続けた。

「私の幸せが、必ずしもローの考えの先にあるとは限らないでしょう」
「そうだとしても命の危険がある場所よりマシだ」
「私はあのとき一度死んだの。二度目の人生くらい好きに選ばせて」
「あのとき殺しておいた方がマシだったか」
「ローに殺されるなら本望よ。船を降りるくらいならそうして欲しい」
「……馬鹿を言うな」

閉ざされた扉が開き、ひどく困った様な顔をしたローが私を見下ろす。

「何故そこまで食い下がる」
「ローのそばにいたい。好きなの。知っているでしょう」
「……この船は危険だ」
「元奴隷の私には、あなたを愛する資格なんてない?」

自分が奴隷であったことを思い出したのは久しぶりだった。なぜならこの船のクルーはみな、私をひとりの人間として扱ってくれた。暗い過去にひどく惨めになって俯くとローの影が落ちてきて、私の背中を撫でた。

「背中の印はとうに消えてる」
「ローが消してくれた」
「この船以外にお前が奴隷だったと知る者はいねぇんだ。船を降りれば幸せになれる。お前は器量が良いし、見合う男に出会えるだろう」
「私はあなた以外欲しくない」
「もう一度言う。降りろ」
「もう一度言うわ。降りたくないの」

もう何年一緒にいたと思っているの。
確かに危険もたくさんあった。それでも、この船での時間は私にとって幸せで宝物だった。

「頑固だな」
「ローこそ。頑固だって知ってるなら諦めて」
「そうだな。これ以上は歩み寄れねえらしい」
「船に残っていいの」
「好きにしろ。ただし俺も好きにする」

ローはそう言うと悪魔の実の能力を使って私を自室へと飛ばした。訳がわからないままたどり着いたのは彼のベッドの上だった。

「ロー?」
「最後の忠告だ。これを逃したら一生船から降ろさねぇぞ。本当に残るのか」
「ええ、死ぬまで」
「上等だバカ女」

バカとは何よと反論しようと開いた口は彼の薄い唇によって塞がれた。

「ハァハァ……とんだ頑固女だ」
「嫌いじゃないでしょう」
「そうだな。俺もどうかしてる」
「愛してる。だからもっと愛して」
「覚悟しろ」

腰が砕けようが構わない。叶うならドロドロに溶け合って一つになってしまいたい。ローの腰に足を絡めながらそう言うと、彼は不適に笑った。


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