×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

噂の彼

高校の同窓会があった。しかし女子みんなのお目当てであった降谷は参加しておらず、それどころか誰に聞いても消息不明で生きているのかすらわからないといった状況だった。

「大学はどこだったっけ」
「たしか警察学校に行ったよね?」
「警察官になったんじゃないの?」
「もしかして殉職…?」

と、集まった女子たちは口々にそう言った。
高校時代に仲が良かったはずの男子に聞いても、彼らは皆何も知らないと口を閉ざすばかりであった。

「名前はなにも聞いてないの?」
「付き合ってたよね?」
「そうそう!羨ましかったなあ」
「なにも知らないんだよね」
「そっかあ…心配だね」
「そうだね」

そんな会話をした同窓会の記憶も徐々に薄れ始めていた頃。仕事で訪れた町のホテルの近くを散策していたときのことだ。
雰囲気のいい喫茶店を見つけて足を踏み入れると、私を出迎えてくれたのは例の消息不明の彼であった。

「いらっしゃいませ」
「あ、え?待ってもしかしてふる…」
「こちらの席へどうぞ」

私が降谷の名を呼び終わる前に、彼はそれを遮るようにカウンター席へと私を案内した。

「こんにちは。おひとりですか?」
「ひとりですけどあなたは…」
「ご注文はいかがなさいます?」

私がもう一度名前を尋ねようとすると、彼はまたすかさずそれを遮った。どうしても聞いてはいけないらしいと思い大人しくホットカフェラテを注文すると、彼は私の思い出の中の降谷とはまるで別人のような人の良さそうな笑顔でかしこまりましたと言い、カフェラテを作るために背を向けた。

錦糸のような美しい髪の毛に褐色の肌。
幼く見える垂れがちな目に、正反対のキリッとした印象を与えるアイスブルーの瞳。こんなに特徴ばかりが揃う顔を見間違えるはずもなく、彼は間違いなく降谷だと思うのだが……。警察官になったはずの彼がなぜ喫茶店を切り盛りしているのだろうか。

私が考えごとをしているうちにカフェラテは完成したらしく、彼が小さな焼き菓子と共にそれを持って来てくれた。

「このお菓子も頂いていいんですか?」
「ええ。サービスですよ、特別に」

なにか含みのある言い方だなと思いながら菓子を手に取ると、それに隠されるようにメモがひとつ。

〈ここでは名前を呼ばないで。〉
〈もう少しで上がるから待っててくれ。〉

相変わらず男にしては随分ときれいな字だなと、彼が降谷であることを確信しながらカフェラテを啜った。


「待たせて悪かった」
「お疲れ様です」
「名前はなぜここに?」
「仕事で近くのホテルに泊まってるの。ひと休みしたいなと思ってブラブラしてたら素敵なお店を見つけて入ったら死亡説が流れてる元彼の降谷がいてビックリ」
「死亡説なんか流れてるのか」
「この間同窓会があったんだけど誰一人降谷の消息を知らなくて、それで。」
「まあ死んだようなもんか」

何故か人目につくところだと話がしにくいらしく、私は彼の愛車である白いスポーツカーに乗せられていた。家族と会社の人間を除くと、男性が運転する車の助手席に乗るのは割と久しぶりで勝手にドキドキしてしまう。

「警察官になったんだよね?」
「まあ一応。でもあんまり色々人に言えないんだよ俺の仕事は。だからお前も俺に会ったこと人に言うなよ」
「守秘義務とかいうやつ?」
「そんなもんだと思ってくれればいい。それでお前は?」
「普通の会社で普通の仕事してる」
「結婚は?」
「嫌味?」
「してないんだな」
「降谷は?」
「してないよ。彼女もいない」
「そこまで聞いてないよ」
「聞きたそうだったろ。彼氏は?」
「いません」
「そうか。安心した」

はて、この安心とはどういう意味なのであろうか。

「危ない仕事してるの?」
「そうかもしれないな。心配してくれるのか」
「そりゃ、まあ」
「どうして?」
「だって友達でしょ」
「友達なあ」
「なによ」
「ただの友達?」
「そう」
「ふーん」

運転をしている降谷は前を見ているはずなのに、何故か心まで見透かされているような気がしてならない。

「なあ。再会記念に食事でもどう?」
「写真撮ってインスタにあげちゃうわよ」
「そりゃ勘弁してほしいな」

降谷の横顔はなんだか楽しそうだ。

「ねえ、降谷のこと誰にも言わないし写真も撮らないからまた会える?」
「お前なら歓迎するよ」
「それはどうして?」
「んー。好きだからかな。お前もだろう」
「まあ。好きだったね、割と」
「ハッキリ言えよ。時間が勿体無い」
「時間?」
「お互いもうアラサーだぞ。これから数年かけて恋愛して結婚するのか?」
「それはめんどくさいと思う」
「だろ?高校時代に体の相性については証明済みだし、俺はお前のこと信用してるし」
「私はまだ信用できてないけど」
「それについてはおいおい話すさ」
「付き合うの?私たち」
「だめ?」
「だめじゃないよ」
「そうか。それは良かった」

実は死んでいなかった元彼との偶然の再会により私の人生は大きく変わろうとしていた。これがとても危険な恋だと知るのは、また別のはなし。


前項戻る|―