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米花町ラプソディ(4)

もうすでに胃の中のものなんて全て吐き出してしまったというのに嗚咽は止まらず、涙もとめどなく溢れてくる。工藤邸のトイレにしがみつくようにして苦しんでいる私に、大丈夫かと声をかけ背中をさすり続けてくれているのは沖矢さんに扮する赤井さんだ。

「う…っ…ダメ まだ気持ち悪い」
「とんでもない目に遭ったな」
「ごめんなさい…こんな汚いところ見せて…っ」
「かまわんよ。落ち着くまでそばにいるさ」

米花町に来てしまったと知ったときから、心のどこかでいつか『事件』に遭遇してしまうのではと覚悟はしていた。しかし実際に凄惨な事件現場を見てしまった私はあまりにもグロテスクな光景に具合が悪くなってしまいこのザマだ。

たまたま現場にいたコナンくんが、私に関してのさまざまな事情を知る赤井さんに連絡を取ってくれたことにより今に至る。ちなみにコナンくんは事件の解決のために現場に残っている。いくら中身は高校生だとしても、死体を見慣れているなんてあまりに変だ。でもそれがこの世界でこの町。私が巻き込まれるのも必然だったのかもしれない。

「……落ち着いたか」
「はい…ごめんなさい。みっともなく取り乱して」
「先程も言ったがかまわんよ。君はあくまで一般人だ。それくらいのリアクションが正常だよ」

口を濯ぐために洗面所に案内してくれた赤井さんにもう一度礼を言う。ご丁寧に予備で置いていたの歯ブラシまで出してもらい口の中をスッキリさせ自宅に戻ろうとするも、先程の現場の光景がフラッシュバックして途端に気分が悪くなる。そんな私を見かねた赤井さんは、少しゆっくりしていくように勧めてくれた。ひとりになるのが嫌だった私は二つ返事で了承し彼とともにリビングへ向かった。

「家の中でもいつも沖矢さんのままですか?」
「基本はな。いつ誰が訪ねてくるのかわからんので警戒をするに越したことはない」
「そっか」
「不満でも?」
「いえ。でも見慣れないから落ち着かなくて」

私と赤井さんが会うのは基本的に私の家で、その時彼は変装をしない。だからこうして沖矢さんの姿の赤井さんといるのは少しばかり緊張してしまう。

「…解くか?」
「いえ。別に大丈夫ですよ」
「だが君はあまりこの姿を好んでないようだ」
「そんなことはないです。まあ赤井さんの方がタイプですけど」
「ほお」
「赤井さんって絶対モテモテだったでしょ」
「否定はしない。人並み程度には交際経験もある」
「人並みの交際経験であのテクニックか…」
「セックスの話か」
「まあ。私だって人並みの交際経験ありますけど、赤井さんみたいに上手い人に出会ったことないです」

リビングのソファに二人並んで腰をかけ甘えるように寄りかかると、グイと肩を引き寄せられそのまま倒れるように彼の太腿の上に着地した。体をモゾモゾと反転させお腹に抱きつくと優しく頭を撫でられる。

「…何を笑っている?」
「見た目は沖矢さんだけど匂いは赤井さんだなと思って」
「俺はいつもにおうのか」
「臭いわけじゃないですよ。柔軟剤とか煙草とか、色んなものが混じって赤井さんの匂いだなって」
「自分ではわからんものだな」
「とっても落ち着きます。赤井さんに包まれてるみたいで」
「それなら物理的に包まれたほうがいいんじゃないか?」

彼はそう言うと、私の脇に腕を差し入れひょいと抱え上げてそのままおろす。所謂対面座位のような体勢に多少の照れが生まれるのは致し方ない。その照れを隠すように赤井さんの首に両腕を回すと頬にいつもとは違う少し人工的な皮膚が触れた。

「すごいですよね。この変装」
「とても特殊な技術だからな」
「こんな身近にFBIや公安や特殊技術を持った人がいるんだから事件だって普通に起こりますよね」
「名前はそれを普通と思ってはいけない。特殊な環境に身を置いているのはあくまで俺たちであって、一般人のお前は隔離されているべき世界だよ」
「…赤井さんは死なないでね」
「それはどうかな」
「私が不安なときそばにいて」
「それは善処しよう」

見た目は違っていても触れ合う唇の温度はいつもの赤井さんと同じでひどく安心した。


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