焼け木杭

友人と酒を楽しんでいる時に昔々付き合っていた人と偶然再会し、なぜか一緒に飲むことになってしまった。充分すぎるほど酒に酔っていた友人は、初対面であるはずの彼に遠慮することなく当時のことについて根掘り葉掘り聞き始めた。

「付き合ったきっかけは?」
「俺が告った」
「どうして?」
「一目惚れですかねィ」
「キャ〜っ!名前はなんでOKしたの?」
「なんでって…そりゃ見ての通りカッコ良かったし、私もいいなと思ってたからじゃない?」
「素敵素敵!それで?」
「も〜いいでしょ!そんな大昔の話。もう十年以上前なんだから」
「ええ、でも焼け木杭とかあるかもしれないじゃん!」
「ないないない、ないってば。ねえ?こんな絡み方してごめんね。総悟も適当に帰っていいから」
「……別に迷惑だとは思ってねェよ」
「?……そう。それなら良いんだけど」

私の友人程ではないとはいえ、総悟もそれなりに酔っている様子だった。そのせいか割と饒舌に思い出話をしていると思っていたのに急に難しい顔になって口数が減った。酔っ払いに絡まれて気分を害してしまったのならば申し訳ないことをしたなと思う。

暫くして友人の彼が迎えにきたことにより会はお開きとなった。店の外に出た私と総悟の間にはなんとも言えない空気が漂っている。

「せっかくだからちょっと歩こうぜ」
「うん」

私たちは恋人ではない。手を繋ぐわけでもなく、他人らしく彼の少しうしろをゆっくりと歩いていると、彼は急に立ち止まり振り返った。

「なァ」
「はい」
「付き合ってた頃の話、お前にとってはどうでもいい思い出なわけ?」
「急になに…」
「さっきの口ぶりからして、あんまり聞いて欲しくなさそうだったろ。お前にとって俺と付き合ってた事実は隠したいものなのかって聞いてるんでィ」
「そんなことないけど、もう大昔の話だよ?」
「焼け木杭も完全否定だしな」
「なにが言いたいの」
「元の鞘におさまるつもりはねェのかって」
「……そんなの急に答えられない」

閉口したまま固まってしまった私に、総悟がグイと近寄る。咄嗟に顔を背けると、俺を見ろと言わんばかりに顎を掴まれる。ああ、やっぱり綺麗な顔。

「大人っぽくなってあの頃より綺麗になった名前にまた一目惚れした。俺と付き合ってくれ」
「一目惚れってそんなにあるものなの?」
「お前だけでィ」

酒なんてとっくに抜けているはずの総悟の顔が紅潮している。その様子が可愛くてつい笑ってしまった。

「冗談じゃねェですぜィ」
「わかってるよ。あのときと一緒だなと思って」
「で。返事は」
「お友だちからお願いします」
「はァ?」
「会ってすぐはい付き合いましょうとは言えないよ。だから、今度ちゃんとデートしよう」
「……ったくお前相変わらずガード固ェな」

本当は答えなんて決まっていたが人を振り回すのが得意なこの人を少しでも困らせてみたくて「イエス」の返事をぐっと飲み込んだ。


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