「あの野郎…っ…」
あいつが俺に内緒で任務に就いていたと知るのは、もぬけの殻といった具合のあいつの部屋を確認してからだ。どうして誰も言わなかった、いや…言えなかったのか。
接待以外でこんな場所に足を運ぶのは正直何年振りかわからないくらいだ。なぜなら俺にはこんなところで女を買う必要がないからだ。遊郭と呼ばれるこの場所は男が一時の快楽を得るために女を買う場所、とでも言えば良いだろうか。俺には必要のない場所。
俺の慌てようを見て青くなった山崎を問い詰めて問い詰めて問い詰めてやっとの思いで聞き出した名前の居場所がここだった。きっと名前は俺に心配かけまいと言わなかったんだろう。多分正解だ。知ってたら行かせるわけがねェ。
…しかし、こんな広い場所で名前を変えて潜入しているであろう名前を見つけ出すのは困難だ。
吉原をぐるっと一周したところで見つかるわけもなく、不本意だが万事屋と馴染みのあるらしい女を見つけて声をかければあっさりと名前の居場所が分かった。
「胡蝶と申します、どうぞよしなに」
旦那にわけを話して部屋へ通してもらうと綺麗な着物を着て頭を垂れた名前がいた。胡蝶、それは源氏名らしい。
「おう」
俺が発した一言に驚くほど俊敏に顔を上げ口をパクパクさせて狼狽える名前。その表情には困惑の色が窺える。
「お前…俺に内緒で潜入とはいい度胸じゃねェか。それもよりによってこんな場所で…っ…」
「ひ、じ方さん…どうして」
「昨日お前を抱いた時様子が変だと思ったんだ。部屋はもぬけの殻だし誰も俺と目を合わせようとしねェ…お前絡みってことは明白だろ」
戸を閉め未だ困惑している様子の名前を抱きしめる。
「まだ…客は取ってねェだろうな」
「…はい」
「なぜ俺に言わなかった」
「言ったら反対するでしょう」
「当たり前だ!俺が一体どんな思いでここに…っ…」
「私だって!真選組の一員なんです…っ…真選組の、あなたの役に立ちたいと思って何がいけないんですか!」
「そんなこと言ったってお前は!」
「土方さんの女だからって甘やかされるのは嫌なんです!鬼の副長なら鬼の副長らしく…私にも鬼になってくださいよ…っ」
ポロポロと涙をこぼす名前を見るとなんだか虚しくなった。俺はこいつが何より大切で愛しくて、可愛くて、守ってやりたくて。…そんな俺の我儘がこいつを傷つけていたなんて笑い話にもならねェ
「…だからって体を売ってまでこんな仕事するんじゃねェよ」
「私にしかできない仕事ってこれくらいしかないでしょう…?」
「きっとある、俺の周りにはもっとたくさん、…だからこんな仕事だけはやめてくれ」
「………」
「上には俺が謝るから、お前は黙って俺についてきてくれりゃいいから、だから…そんな顔をするな」
「………」
「お前を傷つける鬼になんかなりたくねェんだ、俺は」
「土方さん…っ…」
「俺はお前を身請けするためにここへ来たんだ。」
「え?」
「依存はねェな、そうと決まれば落籍だ」
「え、ちょっと!」
「なんなら水揚げしてからにすっか?」
「ば、ばか!」
着飾ったままの名前を抱えて屯所へ戻ると近藤さんが泣きながら謝って来た。上から潜入捜査の命が下ってどうしようかと悩んでいた所、名前がその役を買って出たそうだが…近藤さんも本当は行かせたくなかったらしい。そりゃそうか、あの人はこいつの親代わりのようなもんだ。
「土方さん…ごめんなさい」
「もう気にすんな。ただ…こんなこと二度とご免だ」
「はい」
「それと…身請けの件はマジだからな」
「へ?」
「いや…なんでもねェ」
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