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こまぎれの幸福であっても

「本当に、良いんでしょうか…」

これには色んな意味が含まれていた。銀時様の言葉に甘えて良いのか、吉原から出ても良いのか、禿たちの世話を他の人に任せて良いのか、店を辞めても良いのか、もう…あんな仕事をしなくても良いのか、と。

店を辞めて地上で生活をするにしても私に働く場所なんてあるのだろうか。それどころか住む家すらないのに、どうやって?

「名前に覚悟があるなら仕事場は俺が見つける。住む家が見つからねェってんならここに住めば良い。どうだ」
「どうだと言われましても、だって、私は…」
「日輪だけじゃねェよ、吉原でお前に世話になったっていう女どもはみんなお前の幸せを願ってた」

ーー自由になるなら今しかないんじゃねェの?

吉原のみんなの優しさに涙を流すと、銀時様は私を抱きしめてくださった。幾人もの男に抱かれた汚い体を、まるで壊れ物でも抱くかのように。

銀時様も覚悟をしてくれている。
こんな私を地上に引きずりあげ、責任を取る覚悟を。そんな彼に恩返しができるように頑張ろうと心に決めた。

「銀時様…私…帰ったら日輪さんにお話しします。地上で生きてみたいと。もしダメになったらまた吉原に帰ってもいいかと」
「ダメになんかさせねェ。吉原には帰さねェ」
「え?」
「男の嫉妬は醜いもんさ。お前さんが他の男に抱かれるのを想像しただけで腹わたが煮えくりかえりそうだ」
「銀時様…?」
「好いてんだ、お前さんのこと。だから、これからの人生俺の隣で生きて欲しい」
「よろしいのですか、私で」
「こんな甲斐性無しじゃ嫌か」
「とんでもないです、嬉しいです、本当に」
「良かった」

暫く二人で色々と話をし、それから私は吉原へ帰ることにした。銀時様が日輪さんのところまで付いて来てくださり、私を地上へ連れて行くと話をつけてくださった。日輪さんは「決心できたんだね、禿たちのことは心配しないでいいから、私に任せておきな」と言ってくださった。鳳仙がいた頃では考えられないような勝手をするのに、皆が優しく笑いながら私を地上へ送り出す準備をしてくれた。それは長年ここで太夫を務めた私にとってなにより嬉しい贈り物だった。

「銀さん、吉原一のいい女を攫っていくんですからね、身請け金たっぷり払ってくださいよ」
「オイオイ日輪、俺の懐が極寒なの知ってるだろ」
「ええ。だから言ってるんです。たまにこの子を連れて里帰りをしてくださいって。そんで安酒飲んで金落として行っておくれ」
「それなら聞いてやらんでもねェ」

皆の優しさに触れ、後から後から流れる涙を銀時様が拭ってくださる。涙を拭う指は随分と節くれ立っているものの、とても優しかった。

それから数日後、外で暮らすために必要な荷物を持って、たくさんの人に見送られ吉原をあとにした。不安がないといえば嘘になるが、隣にこの人がいるだけで何故だか全て丸く収まるような気がしてくる。この人がこれから外で生きていく私の世界そのもの。

「俺の家の下にスナックがあったの覚えてっか?」
「ええ、確かお登勢様でしたっけ」
「そこのババアがお前さえよけりゃ働けだとよ」
「え?」
「お前がいたところと違って安い酒に安い給料に安い客しかいねェけど、悪いとこじゃねェと思う」
「働きたいです…!」
「いい返事だ。んじゃ後で一緒に顔出すか」
「銀時様、不束者ではありますが…よろしくお願い致します」
「…嫁入りにはちと早いんじゃねェの」
「嫁!?いえ、そんなつもりでは、あの」
「いや。多分いずれそうなるからいいか」
「そうなんですか…?」
「なに?嫌?」
「身に余る光栄です」
「俺の方こそだな、そりゃ」

手を握り合って身を寄せて歩くことがこんなにも幸福なことだ知ることができたのは、私を地上へ連れてきてくれたこの人のお陰他ならない。残りの人生全てを賭けてでも恩返し出来るかわからないけれど、誠心誠意尽くしていきたい。心からそう思う。



「いらっしゃい、ってなんだあんたかい」
「なんだってなんだよ、客だぞ俺ァ」
「毎日毎日一杯の酒で閉店まで居座られちゃ迷惑なんだよ」
「あのな、俺の可愛い可愛い名前が汚ねェおっさんに悪さされてねェか俺ァ心配でたまんねェんだ、わかる?」
「あんたが一番の悪い虫だよ。名前、お前にはアタシがちゃんとしたイイ男紹介してあげるから早まるんじゃないよ」
「は!?何言ってんだクソババア!!」
「お前みたいな甲斐性なしと名前が釣り合うわけないだろ、鏡見て出直してきな」
「名前は俺がいいよな?な?」
「ふふ、そうですね」
「ほら、ババアが余計なことすんじゃねェよ」

私がここで働き始めて数週間。これはもう既に定番になっているお登勢様と銀時様とのやりとりだ。

「またやってるアル」
「名前さんも大変なのに絡まれたね」
「名前、今じゃすっかり看板娘ネ」
「あれだけの美人だったらそうなるよ。そんな人が銀さんを好いてるんだから…すごいよね」
「催眠術にかかってるに違いないネ」
「なるほど、その線もあるか…」

「お前ら、全部聞こえてっからな」
「神楽ちゃん、私ちゃんと銀時様のことが好きよ」
「な、おま…急にそんなこと言うなって…」
「いい歳こいて何照れてるネ。気持ち悪い」
「あんたら思春期の子どもの前でイチャつくの大概にしてくださいよ」

お登勢様のお店で好きな人にお酒を注いで、好きな人の大切な人たちに囲まれて、私はこれ以上ないほどの幸せを感じていた。

万事屋の三人のいつもの微笑ましいやりとりを眺めていると銀さんが私を呼んだ。カウンター越しに耳を傾けると内緒話をするように顔を近づけ、「今日はあいつら新八の家に泊まるらしいから」と言われた。それはつまり、今夜は二人きりだということ。思わず色々なことを想像してしまい、かあっと顔が赤くなった。

「なになに、何想像してんの?顔真っ赤」
「や、やだ、なんでもありません…!」
「かぁわいいな〜名前は」
「可愛くなんかありません!」
「可愛い可愛い可愛い可愛い」
「もう、やめてください…!」

私たちのやりとりに、みんなが一斉にため息をついた。呆れられているとわかってはいるものの、銀時様とのやりとりが嬉しくて恥ずかしくて、もうしばらくは年甲斐もなくはしゃぐことを許してほしい、そう願ったーーー。

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