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その魔法はすなおを促す

「下心があるわけじゃねェから。お前の話をゆっくり聞きてェからここにするだけだからな」

と、これでもかというほどに念を押した銀時様に連れられてやってきたのは彼の自宅だった。一階はスナックで、二階が彼の自宅兼職場になっているらしく、万事屋銀ちゃんと大きな看板が掲げられている。

明かりのついた一階のスナックからは賑やかな声が聞こえている。「俺ァここのババアに命救われたんだ」と銀時様は少し照れたように鼻を掻きながらそう言った。

それから無言のまま階段を上がり、銀時様の自宅へと足を踏み入れた。あかりはついておらず、誰もいないようだった。

「先ほど話して下さった神楽ちゃんという方はどちらにいらっしゃるのですか?」

「ああ、今日はお妙のところで女子会だとよ。新八も巻き込まれてるんだろうけど。茶入れてくっから適当に座っとけ」

そう促され、居間のような応接間のような部屋の長椅子に腰掛けた。デスクの上には黒電話が一つ、壁には「糖分」と書かれた大きな書が一つ。糖分と掲げるほど甘い物に目がないのか、と思うと銀時様が可愛く思えてしまった。

「何見てんの?」
「糖分だなんておかしなこと書いてあるんだなって」
「俺の生きがいだからな」

彼は緑茶の入った湯呑みを私に渡すと、どっかりと隣に腰掛けた。

「早速本題に入るが…お前は俺のこと聖人かなんかだと勘違いしてるだろ。俺はお前が思ってるほど綺麗な人間じゃねェよ」
「…それでも、地下の世界で生きるしかない私とは違うでしょう?」
「俺がお前のこと蔑んだことある?吉原の女だって体張って一生懸命仕事してるんだろ。誰だってそうだよ。サラリーマンだって銀行員だってアイドルだってみんなやりたくてやってる奴ばっかじゃねェんだ。それでも生きるために必死で働いてんだよ」
「…っ…」
「最初お前の座敷に上がった時、本当は日輪に頼まれたんだ」
「日輪さんに…?」
「私はこんな体だから今更外に行きたいとは思わないし、ここでの暮らしが好きだからここにいるけど名前は違うって。できることなら鳳仙から解放された今、外の世界へ帰してやりたいってな」

それじゃあ、私と銀時様が出会ったのは日輪さんからの依頼があったからということなのか。それならば合点がいく。彼があんなところまで来て私を抱かなかったことに、だ。

「金貰ったからお前に会いに行った。タダ酒飲めるからお前の座敷に上がった」
「そうだったんですね。でも、別に恨みませんよ、日輪さんは昔から自分より他人の心配ばかり。そういう人ですから」
「…最初は依頼だった。だからお前さんが外に興味がねェなら手を引こうとも思ったんだ。だが甘いもん食ってガキみてェに目キラキラさせて喜んでる姿見たらもっと教えてやりてェなって思った」
「ほらやっぱり、あなたはただの優しい人じゃないですか」
「俺だって依頼があれば女だって抱くし、名前が聞いたこともないような汚い仕事だって山ほどしたし、山ほど人も天人も斬り殺した。罪滅ぼしの為に誰かに優しくしたくなる。これでも俺ァ綺麗か」
「少なくとも私より」
「俺なんかの横に並ぶことに負い目なんて感じて欲しくねェんだ」
「銀時様は…私を抱いて下さらないでしょう。それはこんな商売女のこと汚らわしいと思っているからではないのですか」
「確かにな、あの部屋で名前を抱く気になんかなれねェ。俺にだってそれなりのプライドあんだよ。望みもしないのに嫌いな男に股開いてよがってるお前が頭に浮かんで萎えちまう」
「私は…そういう女です」
「だが今ここでなら名前を抱きてェと思う。お前があの世界から足洗って俺を最後の男にしてくれるんだったら、金払ってでも抱きてェ。こんないい女見たことねェんだ、俺ァ」
「…銀時、様…っ」

両親が死んだ時、吉原に売られた時、初めて好きでもない男に抱かれた時、女の幸せなんてもの全て諦めたというのに、この人はどうしてこうも私の心の隙間に入って来てしまうのだろう。

この人の腕に抱かれたいと思ってしまった私は、なんて浅はかな女なのだろう。

「銀時様…私、どうしようもないくらい貴方のことが愛しいです」
「!」
「吉原に売られた日から一度も外に出たいなんて望まなかった。でも貴方がいるならまた来たいと思ってしまいました」
「じゃあ、」
「でも、私…捨てられないんです。今更ただの女になる自信なんてないんです。それに禿たちも心配だし、お店の人にも迷惑かけてしまうし、それに…それに…っ」

正直に言ってしまうと自信がないのだ。
体を売ることしか知らない女が外の世界で自力で生きていける保証なんてどこにもなくて、必要とされなくなってしまうことが、居場所がなくなってしまうことが何よりも恐ろしい。

「居場所が欲しいなら俺が作る。俺がお前の居場所になる。だから名前が本気でそうしたいんだったら力になる」

…ああ、どうしようもないほどに、胸が苦しい。

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