トライアングルの行方



カンカンカン!と中華鍋を振るう音がけたたましく響く厨房。いや、厨房を通り越して食堂内全体に響き渡るほどの音。音を立てているのはなまえで、普段の穏やかな表情とは真逆の険しい表情だ。

「…おい、姐さん何かあったのかィ」
「いや俺にもさっぱり…」
「あの人が怒る原因なんて十中八九土方さんだろうが…流石にあんな姐さん見たことねェや」

沖田と山崎がこそこそと会話をしていると、ジロリと冷たい視線。何か言いたげななまえが一瞬二人の方を見て、再び中華鍋に視線を落とした。

「残したら切腹だから。さっさと食べて見回りにでも行ってください」
「「……はい」」

なまえの有無を言わせない態度に、二人はびくりと肩を震わせ急いで青椒肉絲を口に運んだ。

そしてひと通りの隊士が食事を終え、一段落した頃。

「なまえちゃん、今日はどうしたの」
「そうそう、えらく荒ぶっちゃって」
「なにかあったの?」

パートの女中たちがなまえに声をかける。
なまえはそこでようやくふぅっと息を吐き肩の力を抜いた。

「いや…どうしようもないんですけどね…」

なまえの話によると、土方が昨日から一週間ほど出張に出かけているらしい。とある人物の身辺警護という任務ということだったが、それがどうも胡散臭い。

「その警護対象っていうのが年頃の女性なんですよ。なんか大手の玩具メーカーの社長の娘とからしくて、社長に脅迫状が届いたから念の為の警護って…」
「副長さん、四六時中他の女と一緒ってわけ」
「あの人のこと指名して来たんですって」
「わざわざ?」
「そう、わざわざ。おかしくないですか?」

本来なら仕事に口を出すなんてことしたくないのだが、身辺警護に当たるのが土方ひとりなのは何故なのか、わざわざ土方を指名したのは何故なのか、と様々な疑念が湧き、嫉妬に駆られている最中なのだ。

「わかってるんですよ。あの人がモテる人だって。そんな人が私を想ってくれてること自体が奇跡だってわかってるんですけど…」
「心配いらないよ。副長さんはどう見てもなまえちゃんにゾッコンじゃないの」
「副長も心配いらないって言ってくれたんですけど…女の勘って言うんですか?嫌な予感がするんです」
「あまり思い詰めないようにね」
「…はい」



この仕事の話を聞いたのは、副長が出張に経つ前の日だった。彼がとても言いにくそうにしていたのを覚えている。仕事なんだから仕方ない、副長が悪いわけじゃない。そうわかっていても、何となくモヤモヤは晴れなくて、何となく嫌な予感がして。

連絡のひとつくらいしてくれたらいいのにと思いながら携帯を眺める。うんともすんとも言わない携帯だ。声が聞けたら安心できるのにな…と副長の連絡先を表示しては消すなんて作業を四、五回繰り返した。

「はあ…やだやだ、もうやめよう」

と、テーブルの上に携帯を置いた瞬間、ブブブブとバイブレーションが鳴った。

「は、はい!」
「なんだ、早いな」
「いや、あの…うん、お疲れ様です」
「なんだよそれ」

ハハと笑う副長はいつも通りで一安心だ。

「お仕事順調ですか?」
「んー、まァ。そんなに大変なもんじゃねェよ」
「いつ帰ってきます…?」
「予定通りなら五日後かそれくらいだろうな」
「そうですよね…」
「なんだ、もう寂しいのか」
「……はい」
「やけに素直だな」
「いつも割と素直でしょ。…会いたいです」
「一週間顔合わせないなんて珍しいもんな」
「そうですよ。あんまり帰りが遅いと余所見しちゃいますからね」
「そりゃ困るな。なるべく早く戻るよ」
「待ってます」

なんて、いい感じで通話を終えようとした時「トシー、誰と話してるの?」と女性の声がした。声の主はきっと警護対象の女性だろう。それにしてもあの馴れ馴れしさはなんだろう。「トシ」だなんて…私も呼んだことないのに。どういうことか聞きたかったのに、既に通話は切られていてそれも叶わない。

嫉妬なんてするだけ無駄だとわかっているけれど、一度胸に落ちた黒い塊は、あっという間に心を真っ黒に染めていった。

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