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40(最終話)

「残したら切腹ですからね」

ここの料理長、私の口癖だ。食べ物を粗末にする人が嫌い。死ぬほど嫌い。意味がわからない。もうほんと…副長とか死ねばいい…と思っていたのは昔の話で、彼と恋仲になった今ではマヨネーズまみれになった料理さえ愛しく思えるのだから不思議だ。

「…沖田くん、勝手に私の心の声を改竄するのやめて」
「いやァ、恋仲になったあんた達がイチャイチャするのを期待してたけど全くそんな素振りねェしつまんないんでさァ」
「おかしなこと言ってないで早く食べちゃって」

先日の一件で身体中についた痣も傷も癒え、今まで通り屯所でご飯を作るようになって数日が過ぎた。副長との関係は特に変わりない。いくら思いを伝え合ったとはいえ、ここは職場だ。誰より規律を重んじる副長だからこそ…浮ついたところは見せたくないのだろう。少し寂しいような気もするが、仕事中に副長の顔を見ることができるだけありがたいことなのだと気持ちを鎮める。今は仕事終わりに副長の部屋で少しだけお茶をする時間だけが楽しみだったりする。

「はあ…今日も疲れたな」
「毎日遅くまでお疲れ様です」
「あァ、お前もな。だが毎日この時間まで付き合う義理はないぜ?帰りが遅くなると心配だしよ。ただでさえお前は事件フラグたてまくるやつなんだし」
「やめてくださいよ縁起でもない。帰りに誰かに攫われたらどうするんですか」
「そんときゃ助けに行くが…お前屯所に腰を据える気ねェか」

これはこれは…本格的に私を社畜とするための甘言なのか、はたまた一応恋仲になった私の身を案じて自分のそばに置いておこうとしてくれているのか。
…この人の場合はどっちもなんだろうけど。

「またこの部屋で寝泊まりするんですか?恥ずかしいですよ」
「お前がここに住む気があるならその辺はあとで調整する」

ここに住むことになれば文字通りひとつ屋根の下、二十四時間ともに過ごすということ。…沖田くんの暇つぶしの的になることは目に見えていた。

「…沖田くんが喜ぶだけかと」
「…やめとくか」

何かを察して諦めたように苦笑いする副長の着物の袷から覗く胸元があまりにもセクシーで目に毒だ。

「副長、明日って非番でしたよね」
「たしかそうだったな」
「私も非番でしたよね」
「そう…だったか」
「もし宜しければ、今から、家まで…送ってくださいませんか」
「……行ったら帰らねェぞ」
「ふふ、帰らないでほしいです」

私も副長ももう大人だ。若いころの恋愛のようにひとつひとつ手順を踏むなんてことをするのにはあまりにも時間が足りない。ただでさえ命の危険と隣り合わせのこの人と共に過ごすというのなら、なおのこと。

二人でこっそり屯所を出て、しばらくしたところで差し出された手を握る。お腹の底の方から胸にかけてなんとも形容しがたい愛しさがせり上がってきて溺れそうだ。

「副長、今更ですけど私でいいんですか?」
「お前がいいからこうして隣にいるんだろ」
「そうですよね」
「お前こそいいのか、寿命全うできねェぞ、多分」
「いいんです。副長の盾にでもなれるなら本望です」
「お前だけ死なせるかよ」
「一緒に死んであの世でも一緒にいてください」
「そりゃいいや。お前結構束縛するタイプか」
「こんないい男そうそう居ませんからね。何処の馬の骨とも知れない女に取られないとも限りませんから」
「俺がそんな軽い男に見えるのか」
「見えませんね、重そう」
「あァ。余所見なんかしやがったら許さねェ」
「私たち大概浮かれてますね」
「たまにゃいいだろ、非番なんだ」

草履が砂利を擦る音が響く。
いつも何気なく見ている景色も隣にこの人がいるだけで特別なものに思えてしまうから恐ろしい。

「今日はお酒なしにしましょうね」
「そうだな」
「お酒なしで一晩中抱いてください」
「泣いて嫌がってもやめねェよ」
「やっぱり二回までにしましょう」
「そりゃ無理な相談だろ」
「…いいか、明日休みだし」
「ゴム買っていくか」
「必要ですか?」
「要らねェな」

もういい大人なのだから、起こることすべてが自己責任の恋愛だ。それでも敢えてそういう選択をする。なにが起こっても副長と私の間に起こることならばすべてそれが運命なのだろうと、都合の良い言い訳をしながら私たちはお互いの欲に溺れる。

「ね、副長」
「なんだ」
「私とっても幸せです」
「そうだな」

早くお前のとこの父ちゃんと母ちゃんに挨拶に行かなきゃなんねェな、と言ってくれた副長。二人ともきっと驚く。父が命をかけて救ってくれた晋助の心を救えなかった後悔から、ずっと避けていた父の墓参りもそろそろできそうだ。最初は嘘から始まったこの関係も色々あって本物になった。色々な事件に巻き込まれて、その都度この人に助けられて、その都度愛しさが増して、紆余曲折ありながらも結果的に今こうやって手を握り合っている。私はとても幸せだよ、心配しないで。

「ちょっとそんなに引っ張らないで」
「早く行くぞ」
「そんなにしたいんですか」
「当たり前だろうが。俺だってまだギリギリ二十代だっつーの」
「そうでしたね」
「前回のはお前が覚えてなかったからな」
「う…本当にごめんなさい」
「いや、仕切り直しにゃちょうどいい」
「楽しみです」
「めちゃくちゃに甘やかして抱き潰してやる」
「副長なしじゃいられないくらいにして」
「お前…ちょっと、マジでそういうの今やめろ」
「え、なに」
「家まで行くのだるくね?ここじゃだめ?」
「さすがに野外はちょっと」
「おいおい…だな」
「する気?うそだ〜」
「マンネリ化しない為には色々必要だ」
「副長浮かれてます?」
「そうだな、割と」
「今はこれで我慢してください」

背の高い副長を見上げ、繋がれていた手を解いて彼の頬に当て、背伸びをして唇を奪った。ああ、やっぱりどうしようなく愛しい。

「一緒に死んでくださいね」
「ああ」

隣にいられるならもう他になにも望まないから、せめてこの人の隣で死ねますように。

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