02

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――バンッ




『……ハァ…ハァ…』


走れなくなるまで走って走って、走り続けたハル。もともとあまり体力のない少女は遠くに行くことも出来ず、近くの部屋に駆け込んだ。

そこは他より広い部屋、ハルは倒れた。体力の限界だった。




"大切な人たちと会えないんですよ!?"




アレンの言葉が脳を支配する。思わず大事な化学式が飛んでいってしまいそうだ。息苦しさは変わらない。走りすぎたためだろうか。息を吸っても吸っても苦しくなるばかり。


『……っ…ハァ…』

「…何してやがる」

『…っ……!?』


誰かがいるなんて気づきもしなかったハルは慌てて立ち上がろうとするも、努力虚しく頭を動かすことすら出来ない。

そんなときでも五感ははたらくもので、側にいるのであろう誰かの舌打ちが聞こえる。



謝ろうとしても声も出せない。苦しい…。息がつまる…。


「おい…、おい!!」

『リナ…リ…?』


黒い綺麗な髪が視界に入ったと同時に、ハルの意識は途絶えてしまった。
























「ちっ…」



何だ、こいつは。


いきなり飛び込んで来たかと思えば、そのまま倒れやがる。見れば尋常じゃねぇ汗に呼吸。

よれよれの白衣…格好から見て、科学班か?


気を失った女を放っておくのも胸くそ悪ィ…。

再び舌打ちをすると小さい女を抱え、その場を後にする。とりあえずこのちびを医務室へ運ばなければならない。


女を抱え廊下を歩けば、驚いたように見るやつら。俺だって好きでこんなことやってんじゃねぇんだよ…。

いつの間にか女の呼吸は収まっていて、小さな寝息が聞こえるだけ。その表情はちびらしくガキみてぇな寝顔なんかじゃなく、眉間にシワを作り苦しそうに顔を歪めている。






『まって…すて…な、で…』



ポロッとこぼれた寝言と涙。俺の団服を握る小さな手。何度目かになる舌打ちをする。女を抱え直すと医務室のドアを開けた。



















『…ん……っ…?』

目を開ければ白い清潔感のある天井。辺りを見回せば看護師さんたちがてきぱきと仕事をこなしている。ここは医務室なんだと理解したと同時に、疑問が生じた。

どうして医務室で寝てるの?

むくっと起き上がると近くを通った看護師さんに声をかけてみる。




『あ、あの…。』

「ああ、目が覚めたのね!よかったわ。気分はどう?」

『だ…大丈夫、です。』


うつむきながら答えるとクスッと笑いながら彼女は私に繋がる点滴を調整し始めた。

「神田さんが連れてきたときには驚いたわ。」

『か…んださん?』

「ええ、エクソシストの。」




"エクソシスト"


アレンさんやリナリーがやってる仕事。あの綺麗な黒髪はリナリーじゃなくて神田さん?


ぼーっと考えていると扉が勢いよく開き、みんなの視線はそこへ集まる。

「ハル!」

『リ……バーさん』

「医務室ではお静かに!!」


婦長さんの怒鳴り声に頭をさげると駆け足で私のもとへ駆け寄った。それはそれは本当に急いで来てくれたみたいで、息が荒く肩が上下に動いている。



「だっ、大丈夫なのか?神田におまえが倒れたって聞いて…っ!」

神田さんはリーバーさんたちにも知らせてくれたらしい。何も言わずにいたら、きっともっと迷惑をかけていただろう。神田さんにお礼を言わなくちゃ。




『すみません…ご迷惑おかけしました。ただの貧血だと思うんで大丈夫です。』

「……っ…」

ああ…リーバーさんが悲しそうに私を見てる。うまく笑えてないのかな…。


"大切な人"が殺されて、笑えなくなった私は偽りの笑顔を覚えた。おばさんを、みんなを安心させるため。だからアレンさんやラビさんに作られた笑顔を向けられても、仕方がないって…。

けど、ここへ来て…うまく笑えない。口の端を上げるだけなのに笑えないの。



『だ…大丈夫なんで、すぐ仕事に…』

「「ダメだ(よ)!!」」

遮る声は二つ。目の前にいるリーバーさんといつ来たのか婦長さんが怒ったように私を見下ろしていた。


「ただの貧血じゃないわよ。貴女の症状はきっと過換気症候群よ。」

『か…過換気、症候群…。』

「そう…。倒れる前に何があったの?貴女は何か悩み事や不安な事があるんじゃないの?」



悩み事や不安な事…。

じっと考える。何が悩み事で何が不安な事なのか。何を言ったらみんなに迷惑がかからないか。まだずきずきする脳で懸命に考える。




「…アレン、と飯に行ったんだったな。」

『……え、…』


リーバーさんは立ち上がってばたばたと医務室を出ていってしまった。確かにアレンさんと食堂にいたけど、彼に悪いことなんて…



"もう二度と大切な人たちと会えないんですよ!"



……違う…。違うちがうチガウ!

アレンさんに言われたからなんかじゃない。


私が…私が…っ。



婦長さんが見てない隙に、腕に刺さっていた点滴を抜いて私は医務室を出た。心の中で婦長さんに謝って。







 


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