01
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『はあ…。』
あの日から5日。ハルはラビに話しかけることも出来ず、毎日淡々と仕事をこなしてきた。
転機が訪れたのは英国紳士が帰ってきたことから始まった。
「ハルさん」
『……アレンさん!お…おかえりなさ…い。』
だんだん小さくなる語尾にクスッと微笑みながらただいま、と返す優しい紳士。胸のあたりがふわっと温かくなる。
「リーバーさんがハルさんに休憩しろって言ってましたよ。一緒に食堂へ行きませんか?」
アレンの思いもよらない誘いに驚きながらも、自身の散らかったデスクを見る。溜まった計算用紙をぐしゃっと纏めてごみ箱へ突っ込む。
『す…すみません。私まだ片付けないといけない仕事が…。』
彼女のデスクの側には積み重ねられた資料の山。普段はここまで溜まらないうちに片付けるのだが、ラビのことで悩むうちにどんどんと溜まっていってしまったのだ。
「ダメです。行きましょう。」
『は……え?』
ずるずると無理やり連れていかれる形のハルを科学班の一行は祈るように見送ったのだった。
「アーラ、アレンくん。おかえりなさい!」
「ただいま。」
次々と出てくる料理名にハルはぽかんと英国紳士を眺める。ジェリーの対応からどうやら普段からこれだけの量を食べるんだと分かり、開いた口がふさがらない。
「ほら、ハルさんも選んでください。」
『は…はい…。』
前へ出ると興奮したジェリーが嬉しそうに声をかける。
「ハルちゃんじゃない!もう1日来てないでしょう!ダメよ!?まだまだ育ち盛りなんだからご飯は1日三食しっかり食べなさい!!」
『……はい。』
まるで親のように注意するジェリーにくすぐったいような気持ちになったハルは目を細める。
ジェリーがハルのためにと栄養満点のメニューを作ってくれ、二人はそれぞれの食器を持ち席へつく。もちろんアレンはカートがなくては運べない。
「いただきまーす!」
『…いただきます。』
がつがつと食べ始めるアレンの細身のどこに入るのか不思議でたまらないハルは手を止めてじっと見詰める。その視線に気づいたアレンは恥ずかしそうに頬を掻いた。
「あんまり見られると照れちゃいますよ。」
『す…すみません。』
慌てて目をそらしサラダを刺したフォークをくわえる。それからアレンが食べ終わるまで、二人の間に会話はない。あれだけの量を僅か10分で食べてしまうアレンの胃袋は@@ハルにとっては不思議でたまらない。
『あ…あの、…』
「はい?」
うつむきがちにアレンを見るハル。彼女が自分から誰かに話しかけることはここへ来て初めてと言っていい。
『アレンさん…は、何か運動とかされてるんですか?』
「え?あ、まあ…任務じゃよく動きますし、自分で筋トレなんかもしてますよ。」
『任務?そんなに動くことなんですか?』
「え……?」
その言葉にきょとんと首をかしげる両者。本当に不思議そうにするのはハルのほうで、アレンは目の前の少女を訝しげに見る。
黒の教団、さらに言えば科学班ならば知らないはずはないエクソシストの任務。彼女はさも知らないとでも言うように首をかしげている。
「ハルさんはここがどういう所か聞いてないんですか?」
『す…すみません。詳しくはよく知らなくて…。コ…コムイさんに、私は大量の資料を処理してくれとしか…言われて…』
――バンッ
テーブルを強く叩いて立ち上がるアレンに食堂にいた人たちの視線は集中する。近くにいたハルはそれすら恥ずかしくて、小さく縮こまった。
「貴女はどうして簡単に決めてしまったんですか!?」
『え…?』
まさか怒られるなんて思ってもみなかったハルは、目をまるくして必死な形相の少年を見上げる。
「ここへ来れば貴女はもう二度と大切な人たちと会えないんですよ!?」
"大切な人たち"
私ノ大切ナ人タチ…。
徐々にハルの息が荒くなる。うつむく彼女はいつものことだと、あまり気にしないでいたアレンはじっとそれを見下ろすだけだ。
『…な…ん…』
「…何ですか?」
『大切な人なんかいないもん!!』
「っ……!?」
弱気な彼女からは考えられないほどの大声に、さすがのアレンも驚き座り込む。ハルは肩で息をしたまま食堂を走って出ていく。アレンは追うこともなくぽかんと小さな背中を見詰めていた。