02
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次から次へと入ってくる仕事。本当に目が回ってしまうんじゃないかってぐらい忙しい。
でも私は新人なんだからリーバーさんやジョニーさんに負けないぐらい頑張らなきゃだめ。
かりかりとペンを走らせていると不意に影が紙を、私を覆った。
なんだろう…?
振り向くといつの来たのか、ラビさんが私の手元をじっと見ていた。
『っ…!?』
驚いた私はイスから落ちると同時に、積まれていた資料をバラバラにしてしまう。
『ああ…』
やってしまった。わかりやすいようわざわざ順番に並べていたのに…。
『はぁ…』とため息をもらしうつむくと、視界に黒いブーツが入る。
そうだ、ラビさんがいたんだった。
私が見上げるまでもなくラビさんはしゃがんで私の表情をうかがうようにのぞきこむ。翡翠の瞳とばっちり交わってしまう視線。
最近はコムイさんやリーバーさん、科学班のみんなとも話せるようになってきた。目を合わせても大丈夫。
それをみんなは本当に喜んでくれたし、私も嬉しかった。けどやっぱり他の人は無理みたい…。
申し訳ないと感じながらも目を伏せると、ラビさんは何も言わずに資料を拾い始めた。私も慌てて手を動かす。
「あぁ…やっちゃったね。ハル」
そう言いながら手伝ってくれるのはジョニーさん。慣れているのかどんどん資料を積んでいく。
すみません、と苦笑すると頭をぽんっと撫で、優しく笑ってくれた。
「………」
ラビさんが急に立ち上がった。やっぱり黙ったまま。集めてくれた資料を私の机にバンッと激しく叩きつける。
驚いた。肩を震わす私のとなりでは、ジョニーさんも何事かとラビさんを見上げている。
おずおずと顔をあげるとあの瞳と交わった。
けどラビさんの表情はいつもと違う。偽物の笑顔もない、本当の無表情。ただ翡翠の瞳だけは寂しそうに揺れていた。
「ラビ?」
ジョニーさんが声をかけても彼は私から目をそらしてくれない。私は金縛りにあったかのように動けなかった。
「オレ、決めた。」
何を、と問うジョニーさん。でもやっぱり彼の視線は私を射抜くんだ。
「こいつから話しかけてもらえるまで…オレはこいつと話さねェ」
『…えっ……』
「ラビ!無茶言うなよ…。」
ジョニーさんが立ち上がりラビさんに訴えてくれている。私は徐々に視線を床へと落とす。
私の金縛りがとけたのは、ラビさんの瞳が私を解放してくれたから。
「無理じゃねぇ…。ジョニーや科学班と話せるならオレにだって出来るはずさ。」
『……っ…!』
意を決して顔をあげるとラビさんと目があった。けどそれはすぐにそらされて、心臓がきゅっと締まった。
声が出ない。
頭では何かを言わなきゃだめだってわかってるのに、声が出ない。
……あの時みたいに
そのまま靴音を鳴らして部屋を出ていってしまったラビさんを科学班のみんなが心配そうに話し出す。
聞こえてくる声。よくわからないけど口々に"ブックマンJr"と聞こえるのは間違いない。
…ブックマン
"ブックマン"が何なのか気になるけど、今はそれどころじゃない。あの寂しそうに揺れる瞳が、まぶたの裏に映る。
どうしてそんな目で私を見たの?どうして突然怒ってしまったの?
疑問をあげればたくさん出てくるけど、私はこれからどうしなきゃいけないのかは明白だった。
あの日の光景とラビさんが重なる。大切な人に見捨てられたあの時と。
私の心は黒い渦にのまれていった。