――――10年前
「撥春!やめなさい…っ」
―――ガチャン
「うっせぇ…っ!!」
暴れるだけ暴れた撥春は親の言葉も聞かずその場を後にする。家の近くでうずくまっていると誰かが近づく音がした。
『春…また暴れたの?』
「なつめ……だってまたあいつら俺のことマヌケな牛だって…っ」
そう答えるといつだってなつめは同じことを言う。
『気にすることないじゃん!春はマヌケなんかじゃないってことあたしは知ってるよ!』
にこぉとまだあどけない笑顔を浮かべるなつめの言葉の意味を、撥春はまだわかりきっていなかったが少なくとも救われていた。
『春!はやくー』
道場へ向かう途中に突然足を止めた撥春になつめが元気に声をかけるが、彼は依然として立ち止まったまま。
不思議になって戻ってみると撥春は由希を睨み付けていた。
「てめーなんか大っ嫌いだ!!牛が笑われんのは鼠のせいだ!ヒキョーで汚い鼠のせいだ!全部全部鼠のせいだ!牛がマヌケなのも…バカなのも…っ!!」
早口で叫ぶ撥春をなつめは少し寂しそうに黙って見つめ、肩で息をする撥春に由希は問う。
「…そうなの?"君"はそうなの?…本当に…バカなの?」
はっとした撥春はうつむきながらも小さな声で答えた。
「違う…違うよ俺……俺…バカじゃ…ない…バカじゃないよ…っ!」
その絞り出す言葉になつめと由希はにこっと優しく笑う。
「……うん…わかった」
『ゆんちゃん…わかってくれたね。』
「……うん」
道場に着いた二人は座り込んで先ほどの話をする。なつめの言葉に撥春は少し嬉しそうに答えると顔をあげてとなりに座る彼女に視線を向ける。
「なつめは……なつめはなんで…わかってくれてたの?」
真剣に問う撥春になつめはきょとんとした後、太陽みたいに笑っただけだった。
今なら理由がわかる
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