鬼畜狼と蜂蜜ハニー里桜編 | ナノ


  初恋は蜂蜜レモン


「里桜は鈴のお兄ちゃんだもんね〜。ほんと、しっかりしているわ〜。
ママ、里桜がいて安心よ〜。
鈴はちょっと、ぽけぽけしているところがあるからね。
そのぶん、里桜は鈴のお兄ちゃんだから、里桜が弟である鈴を守っていくのよ。
二人は双子≠フ兄弟なんだから」
「うん、僕が鈴を守る!僕は、鈴のお兄ちゃんだから」


幼い頃から言われ続け、密かに守り続けている約束。
少しぽややん、とした双子の弟を守れ、という言葉。
その言葉は、今も、里桜の胸の奥底に根付いている。


 昔から、双子の兄である天音里桜(あまねりお)は、しっかりとした子供だった。
あまり泣きもせず、人の手も煩わせない。
母親のいう事は守るし、双子の弟である鈴にはとにかく過保護なくらい世話を焼く。
自分が欲しいというものでも、鈴が欲しいと言えばなんだって渡したし、鈴を虐める人間に対しては誰であろうと報復する。
鈴第一主義の、ブラコンな双子のお兄ちゃん。
それが天音里桜の周りからの評価である。

天使のように愛らしく人を疑う事も知らない双子の弟、鈴。
男でも女でも少し話しただけでみんな鈴に魅了されて、メロメロになってしまう…、と半ば本気で里桜は思っている。

 里桜自身自分は長男だから≠ニいう自覚もあるのか、双子であるにも関わらず、兄というスタンスを崩さない。
鈴の前でお兄ちゃんでいることこそ、里桜の使命だと思ったし、可愛い鈴を自分が守らなくてはいけない、と子供心に思いもした。




 里桜にとって、鈴は何よりも大事な半身、なのだ。
自分を犠牲にしてまでも、守らなくてはいけない可愛い半身。


 そんな鈴命のブラコン里桜にも、鈴にも秘密にしている思いがある。

淡い淡い思い…。
あれは、5歳の時のことだった。

 あの日、里桜と鈴は母親に連れられて『小早川医院』へやってきていた。
健康管理にうるさい母は、毎年恒例となったインフルエンザの予防接種を受けさせに、母が働く『小早川医院』へ鈴と里桜を連れてきたのだ。


母は、ナースで、小早川病院に勤務している。
小早川病院の医者・小早川晴臣(こばやかわはるおみ)は、シングルマザーの母を気にかけており、休日で医院が休みの時にはよく鈴と里桜とも遊んでくれた。
だから、予防接種にきたその日も直前まで晴臣に会うものだと幼い双子は油断していたのだ。
注射と聞いた瞬間、鈴は火がついたように泣いた。


「注射嫌だぁ。かえるー」

大泣きする鈴。
もちろん、里桜も注射は嫌いだったし、いくらお兄ちゃん≠ナも、そのときは5歳だ。
本当は、里桜も鈴と一緒に泣きたかった。

でも…

「も〜、鈴ったら。じゃあ、里桜から先にうっちゃいましょうか…。里桜はお兄ちゃんだもん、鈴みたいな赤ちゃんみたいに泣かないわよね?」

母親に笑顔でそう釘を打たれては、昔からしっかり者のお兄ちゃんでいようとしている里桜には、到底なくに泣けなかった。

自分はしっかりしなくてはいけない
その言葉が呪縛のように蘇り……。
(僕は、泣いちゃいけないんだ…。
だって、お兄ちゃんなんだから…)

震える身体にカツを入れて、鈴に振り返る。


「鈴、ここは大人しく覚悟を決めて」
「お兄ちゃん…」

まるで、裏切るの…?とでも言うようなびっくりした鈴の顔。
裏切りたくなんかない。自分だって嫌だ。
だけど、そうも言えずに里桜は鈴に微笑むだけ。

里桜は、ぎゅっと鈴の手をとると、母親とともに院長先生の元へいく。
母と受付のお姉さんが見守る中
「僕が先にいくから」と、鈴よりも先に院長の前に立った。

―怖い、嫌だなぁ。


泣きたいが、鈴の手前泣けなくて。
里桜は、大人しく院長の前に腕をだし注射針の痛みに顔を顰めた。

(終わった…、)
少し我慢すれば、終わるのだ。
なんでも、少し我慢さえすれば終わる。
里桜は、ほっと肩の力を抜き、鈴の方へ振り返る。


「鈴、終わったよ」
「ほら、鈴、里桜が終わったわよ」


少し泣きかけていた顔を無理やりあげて、鈴にお兄ちゃんらしく笑って見せる。
しかし、鈴はふえ〜、と大粒の涙を流しながら俯いていた。


鈴はとにかく感情を素直に表す。
だから、嫌な事があった時は中々泣き止まない。
里桜と違って、鈴は感情豊かなのだ。

どうしたものか…、そう里桜と母親が顔を見合わせた時

「賑やかだと思ったら、薫さんとおチビちゃんたちじゃないですか…」

銀色の眼鏡をかけた、高校の制服を着た青年が鈴の背後から声をかけた。
眼鏡の…頭の良さそうな青年である。

「隼人君」

里桜の母親は現れた青年ににっこりと笑い、現れた青年を母は双子に紹介する。
青年は、小早川隼人といい小早川晴臣委員長の息子であった。
現れた隼人に、里桜の瞳は釘付けになっていた。


「泣き顔も可愛いけど、どうしたの?注射怖い?」

隼人は優しく笑いかけながら、鈴に声をかける。

(可愛いって…いいな…)

まるで注射でも打たれたように里桜の胸はちくん、と痛んだ。


「君は里桜くん?鈴君?私は小早川隼人っていうんだよ」

同じ目線になるように隼人は膝を折り、優しく語りかける。
目尻を下げて、ふんわりと笑いかける隼人は、とてもいいお兄さん≠セった。

「ひっく、」

鈴は嗚咽を零しながら、助けを求めるように里桜を見るやる。
しかし…里桜も、助けを求める鈴に反応できないくらい隼人の登場に動揺していた。

何故だろう、もっと、傍にいたい。
もっと喋ってみたかった。

突然現れた、この高校生と。
こんな気持ちは初めてだった。


元々、里桜は重度の人見知りだ。
対して鈴は、最初は人見知りだが、安全な人とわかるやいなや、すぐにその人に懐く。
だから
「その子は鈴。僕は里桜だよ」
その時、里桜の方から隼人に声をかけたのはとても珍しいことだった。


「そっか……。よろしくな、双子くん達」
隼人が、里桜の頭を撫でる。
気恥ずかしさに里桜は、顔を下に俯かせた


「偉いな里桜くん。じゃ、次は鈴君だね」
「やっ、やだぁ…」
「鈴」

鈴のいやいや攻撃に、母親は、顔を般若にさせながら、鈴を叱る。
途端、また鈴は瞳に涙を溢れさせ、泣きわめいた。


「いやぁ…注射やぁ…」
「鈴君…泣かないで」

きゅ、と包み込むように、両腕で鈴を抱きしめる隼人。

「大丈夫、おまじないをあげようか?」
「…お…まじない?」
「そう」
「?」

もそもそ、と隼人はスラックスのポッケを漁る。
そして、きょとん、としている鈴の手のひらに、白いウサギのキーホルダーを出した。
小さな小さな、鈴の手のひらにも乗る、白いウサギのキーホルダー。
白いウサギは、黒々とした瞳で鈴を見つめている。


「これをあげる。それとお兄ちゃんも実は予防接種大っ嫌いなんだよ?内緒ね?
だからお兄ちゃんも頑張るから見ていてくれる?」

鈴に優しく笑いかける隼人。

(いいな…)

その時初めて、里桜は鈴が持っているものをうらやましいと思った。

いつも、いつだって、鈴の為に欲しいと言われたものはあげてきたし、今までこれといってほしいものなんかなかった里桜が、だ。

(鈴、いいな…)

漠然と湧き上がる、不思議な思い。


結局、鈴は隼人に抱き上げられ、隼人の顔を見つめている間に注射を打たれていた。

「鈴君、偉いな」

頭を撫でられる鈴をみて、わしづかみされたように心が痛む。

鈴がうらやましいと思う、初めての感情。

それが、天音里桜の初めての『初恋』だった。
同時に、鈴もその時初めて隼人に一目惚れをした。
双子は同じタイミングで同じ人に、恋心をいだいたのである。


 鈴は注射を打ってからずっと、うさぎのキーホルダーを片手に、もう一方の手は隼人の手を握っていた。

あのね…、と隼人に対し鈴は、可愛らしく話を始める。

自分は貰えなかったキーホルダー。
仲睦まじいふたり。


「あ、僕トイレ」
里桜は、そう母親に切り出して、その場を離れようとする。

「場所、わかる?」
「うん、わかるよ!」

言うやいなや、病院内だというのに、里桜は駆け出していた。
仲の良さそうな二人を見ていたくなかった。


(なんで…ぼく…。あのお兄さん…なんなんだろう?)

「っ!」
「っ…」
曲がり角になって、里桜は正面から来ていた人間とぶつかってしまった。

ぶつかってしまった人間の膝丈ほどしかなかった里桜は、衝撃と共にどん、と跳ね飛ばされ、病院の壁に頭があたった。


「あっ…と、すみませ…。…って、なんだ、ガキか…」

里桜がぶつかった相手はくそ、と大声で吐き捨てた。
見上げると、先ほど隼人が着ていた制服と同じ服を着た青年がいた。

5さいの里桜からしたら、とても大柄で怖そうな人だ。
目つきも優しげな隼人と比べると鋭かった。
成人した人間から見れば、端正な顔をした男前であったが…幼い里桜はただただ怖かった。


「ガキが病院走ってんじゃねーよ…。ここは病院だぞ?
走るくらいならくんじゃねーよ、ガキが…。ったく、親はどこだよ…」

走っていた里桜も、もちろん悪い。
だが、少しくらい心配したっていいじゃないか。

(鈴は…あんなにやさしい人がいたのに…僕は…)

頭の痛みと見知らぬ青年からの罵倒で、里桜の涙腺はどんどん潤んでいく。

気が付けば、滅多に泣かない里桜が、わんわんと、鈴もびっくりするくらい泣いていた。


今から11年ほど昔の記憶。

あれは、今でも里桜の中では『苦い記憶』になっていた。
昔の事なんて、ほとんどもう靄がかかった影のような記憶しかないのに。
それだけは、はっきりと今でも覚えている…。



prev / next
(1)


[ back to top ]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -