「うるっせぇな!そんなことお前に言われる筋合いはねぇだろうが!」


空気を震わす怒声は、いつもなら飄々とした雰囲気を纏っているマイスターズのリーダー格、ロックオン・ストラトスの物。
そしてそれを真っ向から受けているのは、まだどこかあどけなさを残した、一人の少女だった。


「自分の言ったこと、屁理屈だってことくらいわかるでしょ!?わからないなら頭の中整理して一からよく考え直してみなさい!」


人当たりがよく滅多に声を荒げない彼がここまで感情を顕にするのは珍しい。
その剣幕は相当で、おそらく他の者が見れば竦み上がるのではないかという眼光を受けてなお、オニキスは臆するどころか正面を切って反論を返した。

ロックオンより年下であるにも関わらず、その物言いは子供を叱り付ける母親のそれに近い。


「…っ!!!」


ぐっ、と言葉に詰まったロックオンが次に取る行動は“逃亡”だ。

バタンと力任せに閉められた扉を見て、まるで大きな子供のようだとオニキスは溜息混じりに肩を震わせて笑った。そして、案外子供なのかもしれないとふと瞳を遠くに向ける。



14歳と言えば思春期の、反抗期の真っ只中。そんな時期の不安定な心を受け止めてくれる筈だった家族を奪われ、行き場をなくした少年は感情を押し殺すことを覚え、表面を上手く取り繕うことだけを上達させてしまった。

空気を読むことに長けていて、本音を隠し、適当に受け流して他人をあしらって。

誰にでも心を開いているように見えて、ロックオンは絶対に、他人に一線を越えさせようとはしない。それは言うならば壁のような物で、そこに近づこうとすると、スルリと躱して上手い具合に遠退けられてしまう。

そしてその壁の向こう側に居るのは、きっと“14歳の彼”なのだろう。その片鱗が、自分といる時だけ稀に顔を覗かせる。


「…甘えられてるのかな?私。」


とても大人びているように見えて、本当は14歳の頃から止まったままなのかもしれない。余裕ぶった態度は、それを包み隠す為の無意識の虚勢なのだとしたら。

せめて自分の前でくらいは、ありのままの姿をぶつけられるように。



ふ、と頬を緩ませ、少しすれば戻ってくるだろうと、オニキスは壁に掛かった時計にチラリと目を遣った。








怒りに任せて飛び出したはいいが、海岸で先程の顛末を思い出すと、頭は冷えて、今度は頬が熱くなる。


「…っ、反抗期のガキか…俺は…!」


ロックオンは頭を抱え、小さく呻いた。砂浜に谺する絶え間ない潮騒の音さえ、自分を嗤っているように聞こえる。大の大人が子供相手に声を荒げてみっともないにも程がある。しかも非があるのは自分の方なのだから尚更だ。
今考えると穴を掘って入りたくなるのだが、不思議と嫌な気分ではない。むしろどこか清々しささえ感じている自分に、ロックオンは複雑な心境で苦笑を零した。


「オニキスに…甘え過ぎだよな、俺…」


叱ってくれるのが嬉しい、だなんて。
誤りを誤りだと、面と向かって諭してくれるオニキス。どこかでそれを期待して、些細なことで反抗してみては、その度に飽きもせず相手をしてくれる彼女に叱られて満足する。


「ははっ、タチ悪ィ…」


オニキスの前では、無意識の内に子供に戻ってしまっているのではないだろうか。


「…っとに、ガキだよな。」


―――謝ろう。


冷静さを取り戻して、ロックオンは気まずさに髪を掻きながら砂浜に残る自分の足跡を辿り始めた。





ドアの開く気配がしたが、オニキスは敢えて振り向かずに座ったまま黙っていた。
ロックオンは怖ず怖ずと部屋に入って来て、少しそわそわと所在なさ気に小さく呟く。


「…俺が、悪かった。」


と、クスクスと小さな肩を揺らして、オニキスが漸く振り返った。


「わかれば、よろしい。」


険しい表情を和らげ、ふわりと微笑む。まるで母親のようなその台詞に、ロックオンは思わず苦笑して。それでも自分に向けて、自分の為に広げられたオニキスの両手が、堪らなく嬉しくて。


「ありがとな、オニキス…。」

「…どういたしまして?」


ふわりと回された細い両腕の暖かさに酷く安堵して、一つ息を吐く。胸元に埋めたハニーブラウンの髪を優しく擽る感覚に身を任せ、ロックオンはゆっくりと目を閉じた。





20080821



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