印象的な瞳をした少年だった。
群雲の隙間から僅かに顔を覗かせた月影。
煌めいた強い紅。

そこに映ったのは、少年と対峙する少女の姿と、彼自身もとうに其の存在を忘れてしまっているだろう、圧し殺した自我の微かな揺らめきだった。

「オニキス姫、だな。」

無機的な声が少女に問い掛け、

「わたくしに、何か?」

凛とした鈴鳴りの音が答える。

「死んでもらう。」

短く呟くと、少年は背に差した刀をすらりと抜き放った。鈍い銀色が光を放つ。夜陰に溶ける濃紺の装束、反りのない真っ直ぐな刀身。おそらくは此の国の存在を疎む隣国が差し向けた忍の者であろう。

「そなたは何処の国の手の者かしら。」

「死に逝く者に答える義務はない。」

感情を欠いた平淡な声。切っ先を細い喉元に向け、柄を握り締めた手に力を籠める。姫の眼に怯えの色は無かった。凪いだ眼差し。長く伸びた艶やかな髪の色と同じそれは、雲母を砕いた黒の瞬きだった。

一閃。

それで、全てが終る。

「動くなよ?その頭に風穴開けられたくなかったらな。」

だが首を薙ぐより一拍ほど早く、背後に現れた男が其れを制した。後頭部に押し付けられた短筒(銃器)の感触に、少年は動きを止める。

「無事か?オニキス姫。」

そして姫の傍らにも、彼女を背に庇うようにして忍装束を纏った男が立っていた。

「嗚呼、来てくれたのですね!ニール、ライル。」

姫の顏が安堵と喜びに綻ぶ。護衛の目が離れた隙を狙ったのだが、どうやら喋りが過ぎたらしい。姫の元に参じた忍は二人。少年一人の手に負える相手ではなかった。

「勝手に城を抜け出すなっての。」

「頼むからお前さんを護る俺らの身にもなってくれ。」

「…済みません。」

「まぁ、オニキス姫が無事だったんならそれでいいさ。…なぁ?」

「ったく、兄さんはいつもそうやってオニキス姫を甘やかす…。」

しょんぼりと項垂れる姫の姿に、二人の忍は苦笑交じりの微笑みを浮かべる。途端に華やぐ姫の顏。敵方に捕らえられ、彼岸と此岸の狭間に身を晒しておきながら、ころころとよく変わる其の表情から何故だか目が離せなくなった。

「で、だ。問題はこの不届き者をどうするか…、だな。」

「……ぐっ、」

捻り上げられた手からからんと刀が落ちた。本来ならば曲がらない方向に力を加えられ骨が軋む。歯を食い縛り、辛うじて悲鳴を飲み込んだ。走る激痛が現実を突き付ける。

暗殺は失敗に終った。

「しっかし小せえな。まだ子供じゃねえか、こいつ。」

そう呟きながら隙の無い動作で少年を拘束した男は、右の眼を眼帯で覆っていた。月光の差し込んだ左の眼は澄んだ翠緑色。隻眼であることを除けば、姫の傍らに控えた男と全く同じ容姿をしている。

「オニキス姫を狙うとは、いい度胸だな。牢にでもぶち込むか?」

「そうだな、幾つか聞きたい事もある…。ライル、オニキス姫を頼んだぜ。俺はこいつを連れていく。」

「オーライ、兄さん。ってことで、城に戻るぞ?オニキス姫。」

「…わかりました。」

ライルに促され、ひらりと着物の袖を揺らして、姫が踵を返す。去り際、一度だけ彼女は此方を振り向いた。視線が交錯した瞬間、物悲し気に伏せられた雲母の瞳。そこに秘められた感情を、此の時の少年はまだ理解することが出来なかった。



20100130

管理人は「見たかったんやー!刹那の忍装束が見たかっtt(ry)」という謎の言葉を残し逃走した模様です。因みに少年=刹那です(今更)何故にディランディズが出張ったし。おかしいなぁ、出すつもりなかったのになぁ←


無駄に後編に続きますごめんなさい。

咎は受けるさ…。後編を書いた後でなぁあああ!!!!!



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